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書く気がわかないとき

毎日書くと決めたわけではないし、週に1回書くと決めたわけでもないし、それでも10日間も書かないと、なんとなく、申し訳ない気分になってしまう。誰に対して申し訳ないのかというと、そんなに明確に言えないのだけれど、きっと、あれだな、アクセスログっていう奴を見て、そう思ってしまうのだな。こんなブログでも毎日300人くらいの訪問があって、それが最近は200人近くまで落ち込んでいて、ブログを更新していないとやはりどんどん落ちていくのである。

ぼくのブログは全部で358の投稿記事で構成されている。今書いているこれをアップすると359になる。で、いろいろなカテゴリーで記事を書いていて、思わぬときに、思わぬ記事へのアクセスが増えていたりする。最近では、カホンについて書いた記事へのアクセスが大変なことになっていて、あとはWordPress関連とか、PDFとか、フリーソフトの記事が検索エンジン経由でヒットしている。しっかりとすべてのアクセスログを分析したわけではないけど、傾向としてはやはりITに関するニッチな情報に需要があるようだ。

広告とかWEBに関する記事は、自分としては力を入れて書いたものもあってお気に入りだけれど、マーケットからはそれほど求められてはいない、ことがわかる。

10日間も書けなかったのは、仕事のリズムが良くなかったからだろう。頭を遊ばせる時間がとれなかった。今日は、土曜日で、仕事も一段落して、少し落ち着いた。

WordPressテーマを変えて、少し気分一新です。さぁ、いろいろ、がんばるぞ。

独立してから、もう4年間が過ぎました

ショックだ!久しぶりに書いた広告論が消えてしまった。内容は、大衆の不在と中央集権の終焉についてである。でも消えてしまったのは、公開するな!という天の声かも知れないね。

ふと、気づけば、僕がフリーランスとして独立してから、ちょうど4年間が経過しました。地方都市で、企画会社として、よくぞ、ここまで生きてこれたものだと思います。クライアントと代理店のみなさまに心から感謝。おかげさまです。ありがとうございます。振り返れば、組織に所属しているときに比べ、広告クリエイターとしてやりたいことができるようにはなりました。今までは、けっこう管理職としての役割が大きかったんだなと気づかされました。逆に、組織に護られていた部分もたくさんあって、それはそれで、ありがたかった。いまは裸の自分で勝負しなければいけないから、逃げ場がありません。人間としてもっともっと成長しなければいけないと痛感しております。怠け者が人間修行するために、独立はおすすめかも知れません(笑)。儲かってはいないけど、それゆえに明日をも知れぬエキサイティングな日々。もうひとつビジネスのステージをあげなければ、と思いながら、5年目に突入したわけであります。

お茶のみ政論

たまには、お茶でも飲みながら雑談でも、どうよ。え、いつも雑談ばかりだって? そいつは失礼しました。めずらしく政治の話でもどうかな、と思って。
いまどきの政治家、日本国をどこに向けて、舵をとろうとしているのか。その行き先がまったくわからない。永田町界隈、狭い範囲だけで、ものごとが動いていて、小さい器の人物ばかりに見えるんですよ。彼らには、もう、失望を通り越して、あきれるしかない。下手な漫才を見せつけられている感じ。政治家って、天下国家を論じる人たちじゃなかったのかい。「右を向いても左を見ても  ばかと阿呆の からみあい どこに男の夢がある」と鶴田浩二の歌の一節が浮かぶのであります(ふ、ふるい!)。
思えば、小泉くんは、やったことの是非はおいといて、政治家として見る限りは、とても明快でした。自分の言葉をもって、それで国民に語ろうとしていた。自分の言葉を持っているかどうか。それが魅力的であるかどうか。政治の理念は、もちろん大切だけれど、それ以上にこの言葉によるイメージ戦略がとっても重要で、それを彼は直観でわかっていたんだね。
無党派層という、ノンポリ(ノンポリシーの略)が選挙の趨勢を大きく左右する時代。政治には関心がないけど、政治家のイメージには関心ある人たちが一票を投じる。内閣支持率なんて、マスコミがこぞって発表するけど、減点ポイントをおもしろがるだけの浅ましい内容だよね。本来なら、政策のプラスポイントについて民意を問うべきなのに、つくづくゴシップ好きな国民ではある。
最近の政治家が小振りになった原因は、そんな政治家しか選べないように国民が変わったからでしょう。政治は国民の写し鏡。違う国なら、もう、とっくに革命が起きていたかもしれない。国民性というとそれで結論になってしまうけど、自分に骨がないのに政治家に気骨を求めてしまう性分もあって、まぁ、それでも、ぎりぎりのところで、いつか国民は静かに立ち上がるのだ、きっと。その、いつかが、いつになるかは、わからんけどね。
僕は、広告屋として、政治をめぐる国民の意識動向に興味がある。時代の心理的な流れを読み取ることに興味があるんだ。大がかりなマーケッティング分析の実践ができるわけで、今年は、そういう意味で、おもしろくなりそうだね。

Twitterには、バーチャルなリアル感がある

Twitterっていうツールがあって、以前から利用していたものの、それほどアクティブではなく、ブログに投稿すると、そのタイトルが自動的にTwitterに投稿されて、「はい、おしまい」という程度だった。最近、若手のIT研究家とのつきあいの中で、Twitterでのやりとりが多くなって、チャット的な利用もできて、あらためて、このツールを使うようになった。
僕がフォローしているのは、20名程度だが、数人をのぞいて、まったくリアルでは知らない人間ばかり。あまり深く考えずに、ちょろちょろとフォローしている。「いま、起きた」「昼飯、コンビニ」とか、そんな他愛もないひとり言から、政治や広告、ゲーム、単行本についての見解を述べる人とか、いろいろいて、まったく縁もゆかりもない情報がランダムにブラウザの隅っこに入ってくるのが鬱陶しいといえば鬱陶しい、おもしろいといえばおもしろい。
その中で、Twitterによるイベント中継をやってるライターがいて、これが、なかなか興味深い。僕も暇ではないので、その実況中継に、ずっとつきあってるわけではないが、あとから、斜め読みすることもでき、なかなか刺激的なのだ。
Twitterは、ゆるゆるなコミュニケーションで、ほっぽらかしでありながら、いま誰かが、どこかで生きている、というバーチャルなリアル感がある。これぞ、ネットならではのネットが生み出したコンテンツであり、ここに、意外な可能性が秘められているようにも思う。

コピーライターの役割って?

新人の頃は、ひたすらデスクに座って、コピーをばんばん書いていました。雑誌広告が多かったこともあって、当時から、ビジュアルもいっしょに考えて、下手なイラストを添えながら、2Bのシャープペンシルを消耗していったのであります。

それから取材編集に興味が移って、あるPR誌をメインにあつかう広告制作会社に移りました。月刊ペースで発行される1冊のPR誌を担当。クライアントとの編集会議からデザイナーとの打合せ、進行管理、もちろん取材と文章は自分ですべて手がけました。25歳頃ですね。取材で日本各地を飛び回り、ギャラは安くても楽しみながら仕事できました。

それから、数社、移籍しましたが、僕の役割は、コピーライターからディレクターの領域になり、プロジェクトをまとめることが多くなりました。ある会社にいたときは、コピーはほかのライターに依頼して、クライアントとの打合せと進行管理が主要な業務となり、いわゆるプロデューサー、AEとも呼びますが、そんな感じの30歳頃です。

長野へ移ってからは、ひさびさにコピーライターに集中できました。しかし、これも入社して2年くらいで、ディレクション業務やスタッフの管理業務がメインとなってしまいました。34歳頃です。

独立してからは、自分で仕事を請けたり、代理店から受注したり、パターンはいろいろですが、コピーライターとしての業務量がどか~んと復活しました。特に、コマーシャルの仕事は、面白いですね。絵コンテをふくめて、企画立案したものが実際にオンエアされるまで、撮影編集を含め、トータルに関わることができ、その泥臭い現場感覚を、僕は好きなんです。

コピーライターという職業は、地方都市では、なかなか成立しにくい。企画代とかコピー代とか、そういうソフトに対して理解が足りないのです。簡単に言うと、コピーを書いているだけでは、家族を養っていくことはできません。コピー、デザイン、撮影、印刷などを含め、トータルに受注しなければ、企画フィーが捻出できません。悲しいことに、それが現実。

コピーライターは、広告表現の肝となる言葉をつくるわけで、それをどのようにビジュアルに反映させるか、という表現プロセスのすべてに関与したほうがいいと思います。クリエティブディレクターであり、プロデューサであり、コンサルタントであり、その役割は広告つくりの根幹。特に地方でやっていくには、マルチな役割が必要であります。