2012年 初ブログ

昨年はブログを書く頻度が安定していなかった。
毎日書こうとチャレンジしてみたり、やめてみたり、
年末は特に書こうというモチベーションが低下していた。
ネタはたくさんあったんだけどね。
今年は、初心に戻って、月四回以上は書きたい。
いま、これはiPadで書いているけど、
気楽に長く続けるのがやっぱり大事なように思う。
月並みだけど、健康で、前向きに、
生きていこうと思う元旦であるのだ。

怒濤の秋から、師走へ

 犬を飼うことにしました。きっかけは、ある人の言葉。今年の世界ドッグショー・フリスビー競技で15位になったその人とは、ある会合の席でご一緒しました。酒を飲みながら、今年の1月11日に17年間飼っていた愛犬が亡くなったことを話しました。
 すると彼曰く「可愛がってくれた飼い主のもとに、犬は生まれ変わってきたいと思ってるんだよ」と。ふうん、不思議なもんだね。
 「仕事柄、いろんな犬との出会いがあるんだけど、どうしても生まれ変わりだとしか思えない瞬間があるんだ」と。ふむふむ。ひょっとしたら、そうかも知れない。酔いの勢いもあってか。よし、また犬を飼ってみるか、と僕はいつの間にか宣言していました。
 「うん、そのほうがいいよ、きっと、そのわんちゃんは、地上に生まれるタイミングを待っているんだから」
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わたしがいちばん○○○だったとき

個人の思い出は歴史と重なって、
時としてカナシイ記憶につらなります。
でも詩人は個的な体験を軽々と越えてしまい、
普遍性を帯びる魔法をかけてくれます。
いい詩というのは、そういうもの。
茨木のり子さんは、とてもやさしい言葉で、
戦争の体験をひとつの作品にしました。
激しい糾弾があって、諦めがあって、
それでも諦めない希望があります。
あまりにも有名な詩ですが、
なんか、いまの時代に、
しっくりくるものを感じます。
以下に引用させてください。
そして、
ワサブローさんの歌も掲載します。
すばらしく、すてきな歌い手です。

わたしが一番きれいだったとき 

           茨木 のり子

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
              ね

あなたにも教えたい四万温泉

 僕が東京時代にお世話になったK氏は、いま群馬県で広告プロデューサとして活躍している。そのK氏がつくったクリエイター集団「プロジェクトK」は、群馬県の広告業界ではけっこう有名になっているようだ。昨年くらいから、僕は、昔のよしみでその末席に加えてもらうことになった。
 10月7日、プロジェクトK(略してプロK)の年に一度の総会。これは参加しなければ、ということで僕も予定をやりくりして往路3時間かけて馳せ参じた。場所は、群馬県の四万温泉、四萬館。かつて太宰治、井伏鱒二ほか、数多くの文人が投宿した歴史ある宿。ロビーには下村観山の掛け軸があり、宿の親父は現中之条町長というから、この近辺ではなかなかの名家に違いない。
 プロKは、デザイナー、カメラマン、建築士、ライターなど、主に群馬県で活動するクリエイターが20人ほど集まって構成されている。例外的に、九州や和歌山など、僕のような県外者も混ざっている。参加資格は、Kというイニシャルが自分の名前のどこかに入っていること。僕はその資格十分。だが、参加したくてもKの文字がない場合は強引にKという名前を入れて参加要件を満たす。たとえば、Atsushiさんは参加したときから、Katsushiさんに改名する(笑)。当日の総会に参加したのは12名。プロKは、単なる仲良しグループではなく、ビジネスとして仕事をいくつも受注しているところが凄い。たとえば、群馬県の観光広報誌やポスター、生協の仕事など、そして地元新聞社から三冊もの温泉本が発刊されているが、この仕掛け人もプロKなのである。年齢構成は、いちばんの若手らしきデザイナーが40歳で、ほとんどが50代のおっさん集団である。
 この総会のあと、宿の宴席で日本酒、ワインが次々と干されていき、場所を部屋に移した2次会でも一升瓶がころがり、談論風発、おじさん連中は、お酒にめっぽう強いのだ。しかも下ネタから上流の話題まで、話が途切れることなく、青春時代の修学旅行のように大いに盛り上がった。上下の関係がなく、横並びにリスペクトしあう、そういう意識がみんなの中に流れていて、ひじょうに居心地が良い。仕事だけでなく人生を楽しもうよ、という考え方も共通していて、経営環境の芳しくないこの時代の空気を突き破ろうという強い意思、いや、やせ我慢、武士は食わねど高楊枝(笑)。気がつけば、夜中の3時。最後まで酔いつぶれなかった強者6人で貸切露天風呂、裸のつきあいをさせていただいた。
 翌日は、代表のK氏とルポライターの小暮淳氏による四万温泉の名所めぐり。本を出したお二人ですから、それはそれは詳しく、贅沢なガイドであります。それから、前橋まで戻り、群馬県庁高層ビルの31階でランチをしながら打合せ。いやぁ、充実した2日間でありました。感謝。

●小暮淳氏のブログはこちら→小暮淳の源泉ひとりじめ

●プロKが仕掛けた温泉本→あなたにも教えたい 四万温泉
■プロKのメンバーがつくったこの温泉本は発売されたばかり。アマゾンで検索してもヒットしなかったので地方新聞社でつくる47クラブのサイトを見たら、やはり、ここでは購入できるようです。著者の小暮淳氏は、プロKの主要メンバー。話題豊富かつ謙虚、やさしい人柄、他人を楽しませる能力を持つ、とっても、おもしろい人ですよ。長野でも、こういう本がつくれればいいな、と思いました。

10月2日は、なんだか、ざわめく日

10月2日は、早朝7時から用事があって、また、午後から清掃と地区総会があって、丸いちにち、自宅の近辺をうろうろすることになった。本来は、そうならないはずだったのに、いつのまにか、めぐりめぐって、なにがなにして、こうなった。
本来なら、早川義夫+佐久間正英の大町ライブとか、近場のボサノバライブとか、そのほかにも、もろもろ、魅力的なお誘いがあったので、ちょいと、どうしようかな、と悩んだりもしていたのだ。
さすが、10月になると、いろんなことが動き出すのだ。紅葉はまだだけど、暑苦しい夏から気持ちのいい季節になって、足を伸ばそうか、とか、いろいろ考えをふくらまして、それだけで楽しくなったりして、秋が来るのを、そうか、身体がこんなに求めていたんだ。
それでも、けっきょく、自宅近辺をうろうろ。しようがないといえば、しようがない。動くな!という天からのサインだろう。こういう日もあるさ。なにがなにして、こうなったのだから、あれこれおもいわずらっても、せんないことよ。のう、じぶん。