最近はテレビを見る時間がほとんどなくて、朝は起きがけに30分くらい、夜は寝がけに、ながら見を1時間くらい、かな。とりたてて、お気に入りのテレビ番組もなし。で、その夜もだらだらとBGMのようにテレビが流れていて、なんか世代別の思い出の歌を紹介する特別番組だった。そのなかで朝ドラで人気が出たという爽やかな若手女優さんがインタビューに応えていて、「僕が死のうと思ったのは」という歌が心に響いた、と。まず、そのタイトルに耳が奪われた。そんな鬱っぽいタイトルを正面切って打ち出すなんて、これはただごとではない。興味を覚えた。
 それから、amazarashiというアーティストのミュージックビデオが流された。彼の姿は逆光のなかに浮かび上がり顔が見えない。ギターを抱え、大きな帽子をかぶって、まるでスナフキンか宮沢賢治風。歌うその声は、発語の確かな強さのなかに、泣きの切なさがあって、心に響いてくる。「僕が死のうと思ったのは」という歌詞が何度もリフレインされ、その理由をひとつずつ語っていくという流れ。青春の影の時代に誰もが一度は経験したであろう孤独感。世の中と自分がうまくいかないという齟齬をかかえながら、それでも自分をどうしようもできない。自分を持て余してしまう、そんな心によりそってくれる言葉たち。最初は淡々と物語が紡がれていくのだが、後半になると、静かな語りが徐々に熱を帯びて、その歌声に叫びのようなパッションがこもる。
 救いようのない絶望感を歌いながら、あなたの共感を呼び起こしながら、最後のほうで、小さな光が見えてくる。それは小さな光だが、生きている人間を導いてくれる光。とっても本質的な愛の歌。エロスではなく、アガペーの愛。たったひとつの出会いが人生を変えることがある。その出会いは、異性であるとは限らない。いまの時代、この歌は多くの人を救う福音になるのではないか。生きろ、と単純に励ますのではなく、生きよう、と背中をそっと押してくれる歌。せちがらい世の中で、そういう出会いがないまま、生きている人もいるかもしれない。でも、実は、いるんだ。ほら、こんなに近くに、いるんだ。

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