「ふつうに美味しい」が貴重な時代

雑記帖
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ランチに出かけた。事務所の近くに、1年ほど前から毎日11時頃から行列ができる食堂ができて、以前から気になっていたのだ。

12時20分。6人ほど並んでいる最後尾についた。
行列は苦手なので普段ならぜったいに並ばないのだが、今日は、なぜ行列ができるのかを知りたくて、覚悟を決めて並んだ。

12時45分。店内に入ることができた。
座席はカウンターのみで6人しか座れない。若い女性、とは言っても35歳前後だろうか。店員は彼女ひとりだけで黙々と料理をつくっており、聞こえるか聞こえないかわからないほどの小さな声で「いらっしゃいませ」と声をこちらに投げかけた。右の方を見ると小さな自動券売機。本日のランチ「カツカレー」800円を買って、座席が空くのを待った。

13時00分。ようやく座席に座れた。
それから彼女はカウンターまで来て券を確認し、料理の準備にとりかかる。

13時15分。注文した料理がでてきた。
お盆に乗った味噌汁とサラダ、カツカレー。まずは油揚げとワカメの具が入った味噌汁を食す。きわめて普通の味だ。サラダはキャベツの千切りの上にレタスとコーン、ドレッシングがかけてあり、普通に生野菜である。そしてメインのカレーをスプーンで一口。うん、これも普通に美味しい。凝ったスパイスが入ってるとか、そういう小洒落た工夫はなく、格別な深みがあるわけでもなく、かといって不味いわけではなく、普通に美味しい家庭カレーの味。とんかつは、やや肉薄ではあるけれど、揚げたてで、これはイケる。ご飯に混ぜて食べる。おやっ! これ、ご飯もけっこう美味しいぞ。甘みと旨味があって、いいお米を使ってることが一口でわかった。
ひとりで淡々と食事を進めたのだが、終わりかけで、けっこうお腹が苦しい状態。ランチとしては、おかずもご飯もボリューミーだ。これは、食べてみないとわからない。完食して、ふと隣の席を見ると、中年のお客さんが券を渡すとき「ご飯少なめで」と注文していた。なるほど。リピーターならではのやりとりだ。

13時30分。店をでた。
普通に並盛りで外食をして、きっちり満腹感を覚えるのは、イマドキなかなか味わえない体験ではなかろうか。満腹感は満足感にもつながるようだ。

この食堂に行列で並んでいるのは、男性サラリーマンや学生風が7割ぐらい。女性も3割ぐらいはいるけれど、どちらかといえば男性が多い。カウンターだけだから一人でも入りやすい。孤独のグルメ御用達? いやいや2人連れの客もけっこういる。黙々と食べて、あとから感想を述べ合うのだろう。

1時間近くも待たされて、それでもなおリピーターとなるのは、ここでしか味わえない何かがあるからだ。その何かとは、何だろうとあらためて考えた。

思うに「昔の家庭料理の美味しさ」ではなかろうか。揚げ物はオーダーが入ってから揚げる。ご飯は標準米ではなく、上等なコシヒカリを使う。おかずもご飯も大人の男性が満腹になる量で提供する。お料理の基本に忠実、かつ丁寧な性格が現れた盛り付け。お料理好きな奥さんであれば、出せるレベルのお料理であるとも言える。でも、これって、現代の外食では、なかなか味わえない希少なことなんだよな。世の中、レンジでチンした料理を平気で出すレストランばかり。調味料もふんだんに使ってるから、若者は舌がバカになって、味覚が狂いはじめてる。回転効率を優先して、利益率を考えて、それを追求した果てに、一部のファミレスがある。その対局が個人経営の食堂だけど、もはや街の風景から普通の食堂が消えて久しい。効率という名のブルドーザーが街の味を駆逐したのだ。

いま、この行列レストランに来れば、味覚を「普通」に戻してくれる。中年にとっては懐かしく、若者にとっては暖かな味わいがそこにある。1時間並んで、おじさんである私は、数十年昔へタイムトリップしたように感じた。気持ちが、ちょっとだけ、ほんわかとした。

 

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