多様化する価値観を数字が平準化する矛盾

今年に入ってから、メディアについて思いをめぐらすことが多くなった。メディアが前提としてきた広告のビジネスモデルはそろそろ限界に来ているのではないか。インターネット広告の出現は、終わりに近づいている既存メディアに最終通告を提示しているように見える。だが、そのインターネット広告もまた、めまぐるしく変化する生活者に追従してシステム化しているだけ。広告効果の「見える化」を図っているのは、クライアントに対して、果たして本当に正解かどうか。じんわりと効く企業イメージ広告なんて発想は、IT業界では言ってはいけない雰囲気だ。既存メディアに比べて、企業文化がまだまだ乏しいのだ。マネーだけで回っている感じ…それは必ず自分たちにしっぺ返しがくるはずだ。

いま、価値観の多様化があたりまえのように思われている。テレビ、携帯電話、ゲーム、DVDなどいろいろなメディアがあふれており、本の売上が年々減少しているという。若者たちは本を読まなくなった。しかし、それでも「世界の中心で…」は売れた。もっと世界的に売れているのはハリーポッターシリーズ。つい最近、ハリーポッターの作者がフランスから勲章をもらったという記事を読んだ。

【パリ4日共同】フランスのサルコジ大統領は3日、世界的ベストセラー小説「ハリー・ポッター」シリーズの著者で英国人のJ・K・ローリングさんにレジオン・ドヌール勲章の騎士章を授与した。

大統領は「ハリー・ポッターは教育的な効果が大きい。このシリーズで、あなたは子どもたちに読書の味わいをあらためて教えてくれた。子どもたちは、読書が喜びの源泉であること理解した」と授章の理由を語った。

この子どもたちがその後、読書好きになるかどうか。ハリーポッター好きでしかないのかも知れないが、それはともかく、この本が教えてくれたのは、無くなったはずのマスがここにあるということだ。

おもしろい番組、おもしろい雑誌、おもしろい記事、おもしろいイベントがあれば、生活者はまだまだ大きく反応するのではないか。一見、多様化しているように見えて、多様化していない部分を捉えること。テレビ放送の黎明期のテレビマンたちは、視聴率なんてものがなかったから、まずは自分たちの感性を信じた。自分たちがおもしろいと感じたものは、きっと視聴者もおもしろがってくれるだろう、という情熱がいい番組を生み出したのだ。それが視聴率という一見合理的な感性の数値化によって、番組制作のクオリティがどんどん下がっていった。視聴率の高いものが勝ち組となり、それに横並びの番組をつくることが視聴率を稼ぐ手段となる。いまテレビのチャンネルはどこを見ても、同じようなバラエティ番組ばかりだ。ここには、放送局が文化として培ってきた、いい番組をつくろうという意思のひとかけらもない。視聴率は、その日、その時の条件反射に過ぎないではないか。インターネットは当初から広告効果の数値化をメディアの優位性とした。だから、クリエイティブも条件反射、瞬間芸が求められ、やがてSEOというシステム的なアプローチがいちばんのクオリティであるという結論に達する(笑)。

最初は支持されなくても、じわじわと人気が出てくるコンテンツがあってもいい。そこに制作者たちの熱い情熱があれば、それはきっと化けるはずだ。そういう発想を育てる時間の余裕も、理解を示してくれるスポンサーも、きっと、いまは少ないのだろう。でも、変わりつつある、そんな予感がある。この続きは、いずれまた。

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