佐々木秀実というシャンソン歌手をご存じだろうか?
CDによるメジャーデビューをしていて、
テレビにもちらほら出ているから、
けっしてマイナーではないのだが、
魚屋のおばさんだって知ってる、というほどのメジャーではない。
同じシャンソン歌手でも、紅白に出演したクミコのほうが有名だろう。
そういう意味では、まだ知名度が低く、マイナーな歌手である。
だいたいシャンソンというジャンル自体がマイナーで、
いまどきシャンソンを聴こうなんてのは、
花の都パリに憧れた遠い昔の世代ぐらいだろう。
若い人にシャンソンと言ってもピンと来ないに違いない。
僕は、中学時代、大好きな長谷川きよしが好きな歌手という理由で、
シャンソン歌手、ジルベール・ベコーのLPを何遍も聴いた。
あとエディット・ピアフも聴いて、フランスのビリーホリディだな、と。
ほかに何人かの男性や女性のシャンソン歌手を聴いたが、
どれもなんか大袈裟な感じがして、ベコーほどには好きになれなかった。
メケメケはベコーを先に聴いて、あとから丸山明宏を知った。
というわけで、多少は、シャンソンの世界にもなじみがあって…。
ある日、シャンソンを知っているなら、と、
知り合いから勧められて、佐々木秀実のライブへ出かけた。
それまで、彼女のことは、ほとんど知らなかった。
小さなライブハウス、伴奏はピアノだけ、
派手なロングドレスを着て現れた彼女は、
化粧はしているが、とりたてて美人ではない。
ほんとうの性は、男だとは聞いていたが、
小太りのおばさんにしか見えない。
笑ってはいけないと思いつつ、
可愛い魔除け人形のようだ、と思った。
しかし、歌い始めると、僕は魔法にかけられた。
女性の声でも、男性の声でもない、
その声には、不思議な魅力があった。
その表現には、見事な説得力があった。
日本語によって描き出されるパリの情景…
男女の色恋が多いのだが、その微妙な心の揺れを
色彩豊かに表現して、聴衆を飽きさせない。
歌詞を愛おしく丁寧にあつかって、歌によって絵を描いている。
一瞬、エコールドパリの画家たちが描いた
パリの風景が目の前に現れたように感じた。
非現実的な世界を、リアルに感じさせるのは、
彼女の図抜けたタレントがなせる技であろう。
ぐいぐいと歌の世界に引き込まれていった。
歌の合間のMCも、観客の反応を見ながら、
笑わせたり、間合いが絶妙に面白く、話術にも長けている。
地方で、これだけの話術は、寄席以外では、お目にかかれない。
プロの第一線で芸を売っている一流は、
何をやっても一流なのだな、と妙なところでも感心した。
芸人という言葉が浮かんだ。
最近のテレビを観たりすると、素人ばかりがもてはやされて、
本物のプロフェッショナルが少ない。
消耗品、使い捨ての芸能は、時代によりそうことはできても、
人間によりそうことはできない。
芸を売る、そのために、芸を磨く。
その芸によって、人を感動させる。
非日常の場面から、芸人は立ち上がり、
一瞬、人々の心を解放させる。
勇気やエネルギーをもらった人々は、
日常の世界へと安心して戻っていく。
佐々木秀実は、単なるシャンソン歌手ではない。
男でもなく、女でもなく、
シャンソンでもなく、誤解を恐れずに言えば、歌手ですらない。
異次元の歌の世界に人々を誘惑して、
そこで時間を忘れさせてしまうセイレーン。
川原でよい子をたぶらかす川原乞食。
いい意味での、日本古来の芸人の血を、
正しく現代に伝承しているのだと思う。
まぁ、これは、YouTubeやテレビでは、伝えきれないところ。
彼女の生の呼吸に触れ、歌や語りの心地よいリズムに酔いしれる。
ライブでしか、彼女を体験することはできないだろう。
残念ながら…でも、それこそ、彼女の本物の証しでもある。
動いている佐々木秀実は、YouTube上に、ほとんど、ない。本来の持ち歌ではないけれど、知らない人のために、いちおう…。
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