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僕たちは、あの時代に歸國できない

2014/04/23
 
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昨夜、TBS(長野ではSBC)で戦争に関連するドラマを観ました。以前から番組宣伝が多く流されていて、歌手の長渕やビートたけしが出演、倉本聰が脚本、とくれば、これは失敗はないでしょう。東京駅に英霊たちが降り立つというSF的な設定も、おもしろそうです。こ是非とも観なくては、と思っていました。

終戦ドラマスペシャル『歸國(きこく)』

TBSでは、2010年8月14日(土)よる9時より、終戦ドラマスペシャル『歸國(きこく)』を、2時間半に渡り放送いたします。脚本は倉本聰、出演は ビートたけし、長渕剛ほか、小栗旬、向井理、塚本高史、温水洋一、遠藤雄弥、生瀬勝久、ARATA、堀北真希、八千草薫、石坂浩二ら超豪華キャスト陣でお 届けいたします。

さて。2時間半の感想ですが、残念ながら、何か、胸がもやもやして、大きな感動もなく、期待を裏切られて終わりました。予想通りの展開というと生意気な言い方ですが、いま、なぜ、このドラマがつくられたのか、誰に向けてメッセージしたいのか、いくつかのエピソードが展開されるのですが、そのどれもが中途半端な気がしました。少なくとも、僕の心には、ピンときませんでした。あくまでも個人的な感想ですが…。

あの戦争を実体験として語れる人が少なくなった今、戦争の悲惨さを伝えていくことはとっても重要だと思います。東京大空襲の悲惨さなども、ヒロシマ、ナガサキと同じく、もっと伝えていく必要があるでしょう。それは、ドキュメンタリーとしてのテレビ番組であったり、写真であったり、語り部であったり、リアルな取材を通した表現で、僕たちは戦争を追体験しています。あぁ、そうなんだ、可哀想に、とアタマで理解しています。ただ、ここには記録の限界があるような気がします。もし、近親者から、生の戦争体験を聴けば、それは、より感覚的な記憶としての体験になります。

僕の親父は、満州でロシア兵につかまり捕虜になり、戦後、数年後に帰国しました。おふくろは乳飲み子を抱えて、疎開していました。今年、十七回忌だったのですが、その親父は生前、戦争のことをあまり、語りたがりませんでした。ただ、捕虜になった当時、生きるために、ネズミも食った、と、だから、食べものを雑にあつかうな、あるだけ、ありがたい、贅沢を言うな、と僕は何度も説教されました。戦争のことを懐かしく語る人に対して、親父は、ああいうのは嫌いだと敬遠していたふしもありました。

ともあれ、僕は、大正生まれの男と女を両親に持ち、そういう意味では、やや感覚的に戦争の匂いを知っています。それは、家族を引き裂き、人間性を失わせるものとして、弱いイメージではあるけれど、記憶として意識してきました。

話が脱線しすぎ。ごめんなさい。今回のテレビドラマについての感想でした。戦後65年が経過して、日本がこれから、あの戦争とどう向き合っていくかは、日本人のとても大きな課題であろうと思います。そして、その失われつつある戦争イメージを、未体験の僕らに「記録」ではなく、共感とともに「記憶」として伝えていくこと。それがドラマの役割ではないのか、と思うのです。

戦争の遠い記憶は、やがて記録となり、それは言葉の羅列になっていくかも知れません。風化とはそういうことです。現代人は、当時の人間と同じ心持ちにはなれません。だからこそ、ドラマや映画がその感情を現代によみがえらせ、新たな体験の記憶として、戦争の風化を防ぎ止めることができるのだろうと思います。

これは、でも難しい仕事です。倉本聰さんだから、その難しい課題に挑戦できたとも言えます。僕らは、たとえば、現代の中学生に戦争の悲惨さを伝える言葉を持っているのでしょうか。便利さが幸せと思っている人に、それは違うんだよと、はっきり説得性を持って伝えられのでしょうか。
いずれにしろ、いろいろ、考えさせられることが多いドラマだったことは確かです。

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