甲子園に出場したチームで、補欠をやっていたという。
彼は、身長165センチと小柄ではあったけれど、
草野球チームにとっては、得がたい逸材だった。
普段は工場でまじめに働いている青年だ。
日曜に練習グラウンドにぶらりと来て、
そのままピッチャー、4番に居座ることになった。
彼の投げる球は、とにかく、速かった。
130キロは超えていると思われ、、
その剛速球を打てるアマチュアはいない。
たまたま、まぐれで当たることはあっても、
ジャストミートできる打者はいなかった。
けれど、彼は、もともとピッチャーではない。
長いイニングを投げきる体力を温存するため、
チェンジアップを多用するようになった。
「肩痛めて、働けなくなったら、冗談きついっすから」
剛速球を繰り出す、その腕の振り、リズムで、
緩急の差が大きいスローボールを投げてくる。
打者は、タイミングが合わず、三振の山が築かれる。
さすが、もと甲子園球児だと誰もが思った。
だが、その魔法の効き目は、意外にも短かった。
速球は捨てろ、スローボールに的を絞れ。
チェンジアップの球なら、草野球レベルだ。
その事実に気づかれた途端、
剛速球の呪縛がいとも簡単に解かれていった。
彼は、草野球のヒーローではなくなった。
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