お笑いに社会風刺はつきもの

笑点の大喜利で政治ネタ3本

つい先日、「笑点」というテレビの人気番組で、政治風刺ネタをやったことから、ネット上で賛否両論が巻き起こりました。ご存知の方も多いと思うけど、知らない方のために、簡単に説明します。まず、司会の春風亭昇太から「人はうるさいと耳を塞いだりなんかしますよね。そこで皆さん、今回耳を塞いでください。で、ひと言言ってください。私が『どうしたの?』って聞きますから答えてください」と、いわゆる大喜利ですね。

一番手は、三遊亭円楽。 「安倍晋三です」 「どうしたの?(昇太)」 「トランプ氏から国民の声は聞かなくていいと言われました」
二番手は、林家たい平。 「麻生太郎です」 「どうしたの?(昇太)」 「やかまし〜」
三番手は、林家木久扇。 「うるせ~な~」 「どうしたの?(昇太)」 「沖縄から米軍基地がなくなるのはいつなんだろうね」

これ見ていて、そんなにキツイ政治批判に感じなかったのは僕だけでしょうか。よくあるパターンのお笑いで、それほど「うまい!」と喝采するほどではありません。でも、SNSでは賛否両論で敏感に反応する方がけっこう多かったのですね。もう静まっていると思うので、このブログを書いているわけですが、そもそもこの大喜利については目くじらを立てるほどのことではないと個人的に思います。

芸人の腕の見せどころ

庶民の興味あるネタを肴にして、それをどう料理するかという芸を見せるのが芸人の仕事だと思っていますが、そういう視点から見て、この大喜利はどうだったのでしょうか。

過剰反応をした方々の論調のひとつが、政治のことを取り上げるべきではない、というもの。右だ左だ、と傾いているのは笑いの本筋から離れているというご意見もありますね。これは、お笑いをふくめて、大衆文化をどう捉えているかという見解の相違。大衆文化というのは、政治的姿勢のプロパガンダではありません。大衆に支えられ、成り立っているものですから、庶民の思いとその表現に大きな乖離があってはいけません。で、誰もが自分を庶民だと思っているから、その表現に対して意見を申すわけでありますね。

地方の単なるいちブロガーである僕は、お笑い芸人が政治をネタにするのは当たり前と思っています。だって庶民は、政治についてもゴシップと同等に話題にしていますからね。庶民の政治の取り上げ方は、「困ったものだねぇ」「頭がいいはずなのにねぇ」「なんでああいうことするんだろうねぇ」といったボヤキが大半。国の体制をひっくりかえそうなんて、誰も考えていませんよ。で、最後に行きつくのは、「政治が悪いのは、庶民の鏡だからさ」という自己反省。こういう会話って、昔は、公衆浴場でよくされていたんですよね。ともあれ、芸人の政治ネタは、むしろ、取り上げない方が不自然。その取り上げ方が芸人の腕の見せ所でしょう。

SNSの拡声効果

もうひとつの視点は、SNSというものの拡声効果についてです。これまでだって、笑点では、政治ネタをたくさん扱ってきていて、それが大喜利のスパイス的な役割を果たしていました。政治ネタに対する庶民の意見はお風呂場で話される程度でそれ以上広がらなかったのです。ところが、いまは誰かが、SNSで「野党のような偏った政治批判」と声を上げれば、それに対して賛否両論が巻き起こるようになります。本来、火のないところにマッチを擦って油をそそぐようなもの。火事が起これば、事件になります。事件になれば、無視できなくなります。無視できなくなれば、なんらかの行動を起こすことになるかも知れません。司会者の交代とか、放送作家の自主規制とか…ね。こうならないように願ってはいますが…。

最近、日曜の夕方は忙しくって、笑点を観る機会が減っていたのですが、しばらくは番組の変化を見続けようかなと思います。次回の笑点で、SNS炎上をネタにすれば上等(笑)。

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