甘んじて…じゃないだろっ!

最近は、あまり時事ネタを扱わないのですが…「関西学院大学から示された厳しいご批判は甘んじてお受けいたします」。最初にこの一文を見たとき、あれ、最高学府の広報部なのに、文章の使い方を誤ることがあるのかな、と。この言葉に違和感を覚えた人は多いことでしょう。「甘んじて受ける」とは、納得していないけど、しぶしぶ受け入れるという意味。サラリーマンが「薄給に甘んじる」なんていう使い方をしますよね。

しかし全文を読んでみて、これは、日大側が関西学院大からの批判に対して、心から納得していないということを表明したんだ、と。原因究明は第三者機関に委ね、傷害事件としての捜査に全面協力。ここまで非を認めないのは、もう呆れかえるのを通り越してしまいますね。

日大側は、監督に非があるとは露も思わず、コーチの指示を勘違いして突っ込んだ選手に責任あり、ということで決着をつけようとしています。そういえば、最近、これと似たようなことがありました。上層部の指示を忖度して、部下がそれ以上のことをやってしまった。上の立場の人間に非はない、という言い逃れ。非は忖度した側にある、と。でも、この言い逃れは、誰が見てもアウトでしょう。上の人間は、部下を管理する責任があるのですから、その責任から逃れることはできません。この大前提をないものにして、自分の立場を守ろうとしているのが見えて、世論はますますエスカレートして糾弾の力を強めていきます。うまく立ち回ろうとする、こす狡い奴を世間は大嫌い。それでも彼らは世論から逃げ切れると思っているのでしょうか。みんな、熱が冷めてしまえば、忘れてしまうさ。そう考えて、時間稼ぎをしようとしている姿勢も、あの出来事と似ていて気分が悪くなります。しかも今回は将来のある大学生たちを巻き添えにしているだけにもっとタチが悪いと思います。

組織の大小を問わず、自分たちだけの判断で、これぐらいなら赦されるだろう、と甘く世間を見積もってしまうと、そこから組織は腐り始めます。個人であれば下せた正しい判断も、組織のなれ合いの中で判断力がマヒしてしまう。井の中の蛙。他者からどのように見られているか。これは組織に限った事ではありません。裸の王様。ぼくは、あなたは、正確にしっかりと自己認識ができているでしょうか。

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