明日からGW! 気分はロッジの親父

さっきまで上田方面へでかけていて、いま、戻ったところ。長野市内に、県外ナンバーのクルマが多くなっていて、ちょっと渋滞気味。明日から、ゴールデンウィークの本番だから、ここ長野は観光地として賑わうのである。

いつもGWは、自宅の近くで大人しくしている。ふだん出来ない家の整理をしたり、ペンキを塗ったり、大工仕事をしたり、山菜をとりにいったり、最後は近場の温泉で〆る。GWに遊びにでかけるのは、都会の人。逆に、ここに暮らしていると親戚や友人が遊びに来るのでホスト役として迎え入れなければならないことも多い。

ことしは、明日から親戚が3人ほど遊びに来る。善光寺参りをしたいというのだ。一生に一度は行きたやの場所なので、無碍に断るわけにもいかん。飯綱高原の自宅でバーベキューをやって一泊してもらい、翌朝、長野市内の事務所にクルマを置いて、そこから徒歩10分ほどで善光寺である。善光寺のあとは、どこかで食事をして、それから帰宅の途についていただくという段取りである。

さて。今日は、早めに仕事を切り上げて、明日の準備をしなければ…ね。

長野聖火リレーを見て なんだか悲しく 泣けてきた

さっきまで長野駅から善光寺へ続く中央通りにいて、携帯からも生中継で一本投稿したけど、聖火リレーを応援しに行ってきた。

いまも全国ネットのテレビで聖火リレーの様子が放映されているから、だいたいの流れを日本国民はわかるのだと思う。

しかし、現場の空気でなければわからないことがある。

とにかく、現場では、中国の国旗と中国人の歓声ばかりだ。どこから、中国人がこんなに集まってきたのだろうか。学生が大挙押し寄せるという報道はあったが、こんなに歩道を埋め尽くすような人数はちょっとすごい。日本人は少なく、その声援は、ささやき程度。中国語はただでさえ怒っているような言語なのに、みなさん声量も大きく、はっきり言ってウルサイ。長野の中央通りが中華街になったような感じ。「フリーチベット」という声も聞こえてくるが、その声が大きくなると、さらにそれを上回る声量で中国語が鳴り響く。

日本人は、静かな人種なんだなとあらためて思った。

ランナーの中継地点の前に僕は位置していた。走ってきたのは長野オリンピックで活躍した選手、その火を受け取ったのは義足のランナーだ。

警察官が両側を走っているため、ちょっとだけしか顔が見えない。声援の声も中国語にかき消されてしまう。ここは、ほんとに日本なの?長野なの? 長野でやるということは、長野オリンピックを開催した長野でやることは、それなりに意義のあることだと思うのに、こんなカタチで長野市民が応援できないような環境ではまったく意義を見出せない。

中国人とチベット人の政治的な場となっている聖火リレーがここにあった。

人権問題や中国政府に対する私的な意見はあるのだが、それよりも、この現場、長野市の聖火リレーという現場で「オリンピック」というものが持っている2面性を生で体験できたことは僕にとって有意義だった。

国際政治の舞台で何も言えない日本政府。
民衆レベルでも、何も拒絶できないやさしい日本人。

そんな日本人の精神性、それは僕の中にもあって、そんな人の良さがけっこう好きではあるけれど、やはりこれからの国際社会では、ある種、危険を伴う弱さでもあるだろう。

強くなれ、日本人。強くなれ、自分(笑)。

長野で開催された聖火リレーを見て、こんなあれこれを思ってしまうのであった。

聖なる火 本番

ヒドイな これは あとで書くけど 中国人 多すぎる

いよいよ明日、近所で聖火マラソン

長野県庁のそばという立地に、僕は事務所を構えている。で、今日は、なんだか、朝から騒々しい。右翼の宣伝カーやらフリーチベットを叫ぶデモ隊にも遭遇した。市内で、いちばん多く見かけたのがマスコミの方々。道行く市民にインタビューしたり、スタート地点の空き地で何かレポートしていたり。聖なる火をこのようなカタチで迎えなければならないのは、一市民として、とっても残念だ。

地方都市でディレクターは生存できるのだろうか

コピーライターがディレクションを手がけるのは珍しいことではない。

広告の世界ではディレクターにもいくつかの呼び名があって、クリエイティブ・ディレクターと言えば、広告づくりの総監督。アート・ディレクターと言えば、ビジュアル面の責任者。単にディレクターと言うときは、その制作現場を仕切る監督。広告制作は、家をつくるのに似ていて、大工や左官、職人たちを指揮する現場監督にあたる人間を広告ではディレクターと呼ぶ。

僕はクリエティブ・ディレクターとして、広告制作のスタッフィングから企画進行、そして全体の予算管理、つまりマネジメントまでを含めて手がけることが多い。

まず、ひとつの広告制作の課題に対して、コンセプトや企画、制作見積をクライアントに提案する。それからその目標を達成するためのデザイナーやカメラマン、映像スタッフを手配する。コピーライターは自分の領域だから、ほとんど自分で手がけるのだが、自分以外のライターが適していると判断した場合は、自分に執着せず、こだわらず、ほかの人間を手配する。クライアントの要望に応え、設定したゴールを達成することが最優先課題なのだ。そこに焦点を絞れば、自分の役割は柔軟に変化する。

たとえば、新聞広告やテレビCFでは、クリエティブディレクターとして関与するのだが、コピーライターとしての比重がやや重い。Webでは、企画立案にプラスして、プログラマーに渡す仕様を煮詰める仕事が多くなり、これはSEの業務といってもいい。Webディレクターには最新システムの知識も要求されるのだ。

最近は、ページモノ印刷物のディレクション業務も多い。例外的に、編集者が先に決まっていて、ディレクションだけを依頼されたのは、あるフリーペーパーの場合。少々、やりにくかったのだが、タイトル、コンセプト、構成、デザインなどのディレクション業務を行なった。また、ある会社の社内報では、企画および編集会議に携わっており、これもディレクション業務のひとつ。自分で文章を書くことは少ないが、全体の企画やデザインのバランスについて、ある一定のクオリティを保持するためには、このような印刷物にもディレクターの存在は必要だと思う。

というふうに振り返ると、実に多彩な業務をこなしているんだなぁ、と我ながら感心する。自分に拍手をおくりたい :-)  ただ、地方都市のマーケットでは、残念ながら、このようなディレクター業務への理解がまだまだ足りないのが現状である。ものつくりに、コンセプトが重要であるにも関わらず、コンセプトそのものはカタチになる前の考え方であって、その「考え方」に対価を支払うことを理解できずにいる。このままだとプランナーやディレクターは、少しずつ、この街から離れていってしまうのではないか。そんな文化の過疎的な状況で、日々、奮闘しているのでありまする。