05.崩れる 1995


崩れて困るのは、雪崩だけではない。体形

が崩れる。容貌が崩れる。これは齢を重ねる

とともに迫り来るゆゆしき問題である。身を

持ち崩す、貞操観念が崩れる、というのは艶

があって、なかなかよろしい。さらに、人格

が崩れる、というのがある。ゲシュタルト崩

壊に至れば精神病の領域になるが、そこまで

おおげさでなくても、私たちは日頃から小さ

な人格崩壊に立ち会うことができる。

酒、である。

私は、どちらかといえば、お酒が好きだ。

けっこうイケル口だし、めったなことでは崩

れないが、昨年の忘年会ではひさしぶりに羽

目をはずしてしまった。

後日、いっしょに呑んだ女性の一人から、

こう言われてしまった。

「あんなことをする人とは思わなかったわ。

イメージが変わった……ふふ」と。

この「ふふ」が意味することは、とてもじ

ゃないが書けないが、ともあれ、アルコール

が入ると、人は、人格を形成するいちばん外

側の社会的な自己をどんどん脱ぎ捨ててゆく。

お酒は、人を大胆にする。陽気にする。饒舌

にする。今までは知ることのできなかった一

面が顔を覗かせて、親密感がいっきょに高ま

ることもあれば、あきれ返られることもある。

酒は功罪相半ばするが、功の面から言えば、

酒で少しずつ人格を崩す訓練をしておけば、

ほんとの決定的な人格崩壊にまでは至らない

のではないか。のんべえの自己弁護と思われ

て結構。アルコール依存症となると、話は別

だが、小さな人格崩壊は、大いに歓迎だ。


祭りのあとに大酒を汲み交わす村人に、同

僚とカラオケで盛り上がる会社員に、そして

新宿の巷を、千鳥足でふらつく酔っぱらいに、

その酔いどれてゆく宵に、乾杯。

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