04.ゼロからの出発 1995


「釣りをしにいきたいんだけど、いいかな」

久しぶりに先輩から電話がかかってきた。

「めずらしいね。いいよ、今度の土曜はあい

てるから」

気軽に返事をすると、しばし電話の向こう

でためらいがあった。

「実は、うちの会社、倒産したんだ……」

先輩はその広告制作会社の役員だった。

「いろいろ積もる話もあるから、一泊させて

くれるとうれしい」

もちろん、こちらは最初からそのつもり。

金曜の夜に、先輩はわが家にやってきた。

部屋の外は、4月中旬だというのに雪。ここ

長野の北部でもこんなことはめずらしく30

年ぶりだそうだ。

ビールで乾杯してからすぐに日本酒の熱か

んになる。先輩は、とても冗舌だった。

倒産して、自分のマンションや保険がぜん

ぶ処分され、破産宣告をしているという。

「奥さんや子供たちは……」

「実家にいったん戻したけど、借金取りが追

いかけて来るから、いまは違う場所でアパー

ト住まい」

だが、先輩の口調は意外に明るい。

「ある印刷工場の社長がぼくを気に入ってく

れて、いま、ようやく落ち着いてきた。朝、

そこでは全員で、ラジオ体操をやるんだ。ぼ

くも一緒にやる。これが気持ち良くてね。普

通の会社では普通にこうやっているんだって、

思える。ぼくは運がいい」

その晩は、二人で一升をあけた。


翌日は、晴天なのに雪が舞っていた。それ

でも、ぼくは釣れるポイントに案内した。結

果は先輩が8匹、ぼくはボウズ。

「GWはどうするの?」と聞いてみる。

「女房といっしょに、学生時代に行った温泉

へ行くんだ」

ゼロからの出発。40才を越えた新人にグ

ッドラック。

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