一週間で日々100人減 書いてこそ のブログかな

ブログに記事をアップするのは
前回の記事から1週間ぶり
そのおかげで
各種ブログランキングは軒並みダウン
サーバのアクセスログを見ると
これも順調に訪問者数が減っている

毎日100人ちょっとの訪問者数
それまでは毎日200人前後だから
みるみるうちに半減してしまった
これを少ないと見るかどうか

ちょっと見方を変えれば
何も書かなくても100人アクセス
っていうことで意外に多い

僕のブログサイトは
検索エンジン経由の人がいるから
その人たちにとっては
日々の新しい記事は関係ないってことか

まぁ、ちょっと一息したところなので
これからまた記事をぼちぼち書こうと思うのであった

ウソッぽい ぽいだけでアリか…ロス疑惑の報道疑惑

 三浦和義さんのことが連日ニュースでとりあげられている。いわゆるロス疑惑、疑惑の銃弾と呼ばれている報道の続きである。

 この報道そのものは、1984年週刊文春によって火がつけられ、各局のワイドショーを賑わし、三浦和義は時の有名人となった。いまから24年も前の話だから、現在20代の人にとっては未知の事件。なぜ、こんなにニュースで大きく取り上げられているのか不思議に思っているのではなかろうか。テレビでは、それほど詳しく説明されないし、説明されたとしてもあの当時の雰囲気を知らなければ、この報道の加熱ぶりは理解できないだろう。

 この事件の真相について、ここで言及するつもりはない。

 ただ、なぜ、いまも尾を引き続けるほど、マスコミが三浦氏を追いかけたのか。通常なら、ある時点で司法にゆだねるべきところを、あれほど執拗に追いかけたのは、なぜか。それは、健全な報道のありかたとは違うのではないか。視点を変えれば、この現象を引き起こした犯人は、間違いなくマスコミである。

 ニュースから流れる映像、自己弁護する三浦氏を見た当時の視聴者は「この人は、なんだかウソっぽい」と感じた。正直に言おう。僕も、ベッドで横たわって妻の死について涙ながらに話す三浦氏の姿が、どうも胡散臭く感じた。でも、それは大衆の自分勝手な印象に過ぎない。通常なら、数回程度の露出で、あとは司法に判断を委ねるのだ。

 マスコミは、この事件そのものというより三浦氏個人にスター性を嗅ぎ取った。いい意味ではなく、悪役としてのスター性だ。クールなマスクや颯爽とした長身のスタイル、サングラスをかけた若き実業家の三浦氏には、その性急にまくしたてるマシンガン・トークや激しすぎる感情の起伏があまりにも似合わない。その落差が、悪役ヒールとしての魅力に拍車をかける。視聴者も、その魅力に惹かれる。

 だからといって、一個人である三浦氏をマスコミが追い回していい理由にはならない。社会的な説明責任を持つ公人とか、スターではないんだから。でも、もはやスタークラス。それをつくったのがマスコミ。この循環は、けっして健全ではないと思うのだ。

ブログのなかで「コピー学校」の歴史をつくろう

 最近、メルマガの発行を怠っているなぁ。

 僕は、「コピーライターの学校」という名のメルマガを2006年 6月13日から「まぐまぐ」で42回分発行している。まだ、終わりにはしていないので、継続するつもりではある。

 けれど、昨年から、このブログをスタートさせて、こちらのほうが幅広い分野について書けるため、メルマガに対する比重が極端に減っているのは確か。当初の半年間は毎週1本書いていたのが、昨年は、年間を通して、わずか、11本。それもこのブログとの重複もいくつかあり。書く際のスタンスが、フォームが少し崩れたような気もしつつ…。

 目の前に、ブログとメルマガという2つの媒体がある。ブログはいわゆるWEB2.0的なゆるゆるな広がりが期待できて、WordPressのチップスを探す人から、長野県の花火の情報を知りたい人まで、ピンポイントでキャッチしているようだ。もちろん広告論やWEB論というカテゴリーに興味があって訪れてくる人もいる。

 かたやメルマガは、読者数約300人と少ないながらも、「コピーライター」に興味を持っている人に限られている。カテゴリとしては、メルマガはブログの中に包含されている状態。コピーライター=広告論・WEB論<時事世相=ブログである。

 メルマガを書き始めた動機は、自分のコピーライターとしての経験がたとえわずかでも後進のために役立つことがあればいいな、ということ。What to sayを教えるのは難しいけれど、How to sayの整理を含めて、伝えられることがありそうだと思った。多少の脱線はありながらも、基本路線はお役立ちメルマガである。

 だから、ちょっと先生のような書き方をしている部分もあり、メルマガの中では、一貫性がとれていた。しかしブログを書き始めるようになり、メルマガとダブルで投稿するような際に、僕の中では違和感があった。まぁ、そんなの気にならないというのが、ピンポイントで読まれるブログの特質でもあるのだが…。

 まぁ、僕は気になるということで、つらつら頭の中を巡って、思った。これからはブログの中で「コピー学校」という明快なカテゴリを設けよう。これから書くメルマガの記事は、このカテゴリに投稿する。今までの記事もカテゴリを再分類。「広告論」や「WEB論」とは違うカテゴリにすれば、僕の頭のなかの気になるモヤモヤが解消する。

 ブログの良さは、このようにカテゴリを最初から決めなくても、あとからカテゴリ分類を再編集できること。モヤモヤをスッキリ解消できることですね(笑)。過去の記事にも適用されることでもあり、ブログ歴史の改ざんにもつながわるわけですが…。

事務所に泊まる

40歳を過ぎた頃から
徹夜の仕事がキツクナッタ
疲れが溜まるようになった
徹夜があったその
翌日は頭が働かない
ちょっと前までは
徹夜すると
翌日は意識がハイになったりして
あれ、ほんとに寝てないのか?
なんて思うくらい冴えたのだ

昨夜は自宅へ帰るのを諦め
夜中の3時まで事務所で仕事
そのまま泊まってしまった
2時まで起きていることは珍しくない
いつも寝る前には本を読む
僕の平均睡眠時間は5~6時間
でもほんとうは3時間くらいが理想
無理なく、自然に3時間の睡眠でOKなら
この人生をずいぶん有効に過ごせると思う
一日3時間余分にあれば
一年にすれば1095時間、45日分になる
1ヵ月半あれば、いろいろできそうだ

あれ何を話そうとしていたのか
本日の睡眠3時間でこの体たらく

まぁ、あれこれ、
土曜だから電話もかかってこないし
溜まった雑務をかたづけて
今夜は早めに寝ることにしよう

AUGUST RUSH-オーガスト・ラッシュの日本公開が待ち遠しい

KOREAN AIRでソウルで乗り継ぎ、
成田へ帰ってきましたがそのとき、
ビデオで半分しか観られなかった映画。
AUGUST RUSH
45分くらいでまだ話が滑り出したところで、
成田空港に到着してしまい残念!
でも、とっても素晴らしい出来で
後半を観たくなりました。

11歳の孤児院育ちの少年が
母を訪ねて三千里という
お涙頂戴ドラマですが
まんまと涙がちょちょびれました
まだ半分しか観ていないのに…

少年の母は美しいチェロ奏者
父はロックバンドの歌手
少年は両親を知りません
両親は理由あって離され
子どもが生きてることさえ知りません
まったくの手がかりがない状態で
どのような糸をたどって出会っていくのか?

孤児院から脱出した少年が
都会の喧騒の中に音楽を
発見するシーンがあります
クラクション、ブレーキ、
ホイッスルなど都会の喧騒が
いつの間にか音楽になっている

そして初めて触れたギターを
床に置いて音楽を奏で始める
タッピング奏法という
最近では押尾コータローが
よく使っている手法ですが
これが実に素晴らしい

孤児たちの音楽の元締め役は
ロビン・ウィリアムス
彼の出演している’映画に
ハズレはないですね
きっと作品を選んでいるんでしょう

で、いつ日本で公開されるのか?
公開されたらぜひ観にいくぞ、と
ググッてみたらこの記事にヒットしました
早すぎる映画レビュー『AUGUST RUSH』-オーガスト・ラッシュ-

日本語の記事がまだまだ少ないようです
ほんとうに日本で上映されるのだろうか
久々に映画館で観たい映画です
ゼッタイに観にいくぞっと

予告編はこちら

少年がポリスに追われて
教会に紛れ込んでゴスペルに触れる
ここだけのシーンでも監督の音楽への愛がわかる