デフレだからって、ビクビクすんなよ 5 月 15, 2008
Posted by KIKU in : 広告論 , add a comment僕ら広告制作の現場には、不況の波がまっさきに襲ってくる。企業が経費を切り詰めようとするとき、交際費、交通費、広告費という3Kがいちばん最初にカットされる。これが社会の一般的な原則だ。
僕は、バブル絶頂のときに東京で仕事をしていたから、当時の広告制作料を肌で知っていて、長野へ移住してきたときは、そのローカル料金とのあまりもの落差に愕然とした。そしてバブル崩壊、デフレ不況と続いてきて、これ以上、制作料金が安くなったら、地方で広告制作に携わる人間はみんな廃業だ、という寸前のぎりぎりにきているのではなかろうか。
最近、ある映像系の広告制作マンと話をした。「僕らは20年前と、料金が変わらないんです」。それは印刷系の制作会社も同じ。
広告制作会社のビジネスモデルは、広告主がいて、広告代理店がメディアを斡旋して、制作会社は直または代理店経由で広告づくりを発注される。いわゆる B to Bの受注型産業に分類される。あくまでも受身であり、数ある制作会社の中から選ばれるためには、なんらかのアドバンテージがなければならない。それは、スタッフの多さか、クリエイターの人柄か、表現のクオリティか、安い料金か。
僕は広告制作者をよく芸者にたとえたことがあって…お座敷をかけてもらうためには、芸を磨く、オンナ(人間性)を磨くことが何より大切よ。安売りなんかは、引退寸前になってから。ま、あたいは安売りするくらいなら、引退を選ぶわね。な~んて、話をしたものだった。現実問題としては、クライアントの意向あってのお仕事だから、当然、料金面の交渉は日常茶飯事。割りに合わない仕事だって、笑って、こなしますが…。
ある仕事で、見積の打診があった。以前は、東京の制作会社でつくったらしいが、そのリニューアル版をつくりたいという。僕らはその作品を見て、同等の品質で同等以上の広告をつくるために、細心の注意を払って見積もりを提示した。すると、代理店から「こんな高い料金を、ローカルの企業がだせるわけがない」と言われた。
ほんとうに、そうですか?
内容あっての価格だから、その内容をきちっと理解してもらえれば、料金は正当性を持つ。こんな当たり前のことが、デフレという波の中では、ついつい忘れがちになってしまう。内容よりも価格ありきで、広告づくりを考えてしまう。僕らは代理店の人に理解してもらい、代理店は広告主に理解してもらうよう交渉した。
最終的に、料金は落ち着くところに落ち着くはずだ。ただ、最初から、臆病になってしまうのは、どうかなと思うのだ。ローカルだからしょうがない、のではなく、まず初めに企画ありき内容ありきで広告づくりをしていかなければ、広告主に対しても不誠実だと思う。
広告制作マンは、効果のある広告で、制作料金以上の価値を生み出すことができる。広告主に対して、ほんとうに誠実なビジネスをするなら、いま、何をすべきか。その辺に、これからローカルのマーケットを活性化するためのヒントがあるように思うのだ。
あるブログの閉鎖とステキな言葉「V.S.O.P.」 5 月 15, 2008
Posted by KIKU in : 雑記帖 , add a comment先日、僕がよく読んでいたブログが閉鎖された。広告屋の独り言というタイトル。アメーバブログを使って、kohei1970さんが記事を書いていた。僕にとっては、まったく面識がない方ではあるが、その文章に、惹きつけられるものを感じた。東京の広告屋さん、しかも大手ではなく、それに対抗しながら、企画を中心にして頑張っている姿勢に好感が持てた。共鳴を感じたというべきか…もっと言えば、じぶんの昔を思い出すような…彼の記事を読むと、元気と勇気がわいてくるのだ。
Koheiさんは、1970年生まれだから、ちょうど38歳くらい。徹夜もそれほど苦にならないだろうし、仕事の面ではいちばん充実している世代。言動は、過激なくらいがちょうど良い。つい最近、中心的なメンバーのひとりとして、新しい会社を興したようだ。
その彼が突然、ブログを閉鎖するという。その最後の記事に書かれていた言葉。
先日、古くからの仲間である友人の一人が僕にこんなメッセージを授けてくれた。
”人生はV.S.O.Pである!20代で必要なのはvitality。30代で目指すはspecialty。40代で身につけるoriginality。そして、50代以降の人生で重要かつ必要なのがpersonality….。”
Koheiさんも素晴らしいが、このようなメッセージを寄せてくれた友人も素晴らしい。ネットを通して、このようなステキな言葉に出会えたことに感謝。
さて。僕はすでにVSOPのPの時代、じぶんをもっともっと磨かなければいかんのだ、とあらためて思ったのであった。
本日 田んぼのお仕事 田起し 5 月 11, 2008
Posted by KIKU in : 雑記帖 , add a comment2004年から仲間3人で、田んぼで稲をつくっている。ことしで5年目。毎年、5月の下旬くらいに田植えを行なうため、5月の休日は田起しや畦の整備、草刈り、そして代掻きの農作業に追われる。今日は、朝から雨模様だったが、田起しの作業と畦の整備をやった。
さすがに、疲れた。帰ってきて、食事をしてから、グタッと眠ってしまった。ふと、めざめると、夕方の陽射しがきれい。我が家の窓から、雨上がりの木々越しに、太陽が沈む寸前、光がきらめく一瞬を携帯電話のカメラで撮影した。
田んぼは、1反三畝という広さ。約15アール。坪数でいうと500坪くらい。この範囲に苗を植えるのだが、苗床からの作業はやっていない。農協でポッド苗というのを購入するのだ。秋田こまちを40ポッド、モチコメを8ポッド。6月1日に田植えの日程を決めたのだが、当日は、例年、20人くらいが集まる。いまどき、機械でやれば半日で終わる広さだが、好き好んで手植えでやるから、これだけの人数が必要なのだ。3家族のいろいろな友人が集まり、それはそれで面白い。いまどき、人が集まってお酒を飲むのには何らかの理由が必要なので、いわゆる酒を飲む口実のイベントですね。
今年は、飯綱高原イヤーもあって、休日は、ますます忙しくなりそうだ。でも、これもあれも、遊びと思ってやれば、いいわけで、ま、遊びは遊びなんですけど…。
明日からGW! 気分はロッジの親父 5 月 2, 2008
Posted by KIKU in : 雑記帖 , add a commentさっきまで上田方面へでかけていて、いま、戻ったところ。長野市内に、県外ナンバーのクルマが多くなっていて、ちょっと渋滞気味。明日から、ゴールデンウィークの本番だから、ここ長野は観光地として賑わうのである。
いつもGWは、自宅の近くで大人しくしている。ふだん出来ない家の整理をしたり、ペンキを塗ったり、大工仕事をしたり、山菜をとりにいったり、最後は近場の温泉で〆る。GWに遊びにでかけるのは、都会の人。逆に、ここに暮らしていると親戚や友人が遊びに来るのでホスト役として迎え入れなければならないことも多い。
ことしは、明日から親戚が3人ほど遊びに来る。善光寺参りをしたいというのだ。一生に一度は行きたやの場所なので、無碍に断るわけにもいかん。飯綱高原の自宅でバーベキューをやって一泊してもらい、翌朝、長野市内の事務所にクルマを置いて、そこから徒歩10分ほどで善光寺である。善光寺のあとは、どこかで食事をして、それから帰宅の途についていただくという段取りである。
さて。今日は、早めに仕事を切り上げて、明日の準備をしなければ…ね。
地方都市でディレクターは生存できるのだろうか 4 月 25, 2008
Posted by KIKU in : 広告論, 雑記帖 , add a commentコピーライターがディレクションを手がけるのは珍しいことではない。
広告の世界ではディレクターにもいくつかの呼び名があって、クリエイティブ・ディレクターと言えば、広告づくりの総監督。アート・ディレクターと言えば、ビジュアル面の責任者。単にディレクターと言うときは、その制作現場を仕切る監督。広告制作は、家をつくるのに似ていて、大工や左官、職人たちを指揮する現場監督にあたる人間を広告ではディレクターと呼ぶ。
僕はクリエティブ・ディレクターとして、広告制作のスタッフィングから企画進行、そして全体の予算管理、つまりマネジメントまでを含めて手がけることが多い。
まず、ひとつの広告制作の課題に対して、コンセプトや企画、制作見積をクライアントに提案する。それからその目標を達成するためのデザイナーやカメラマン、映像スタッフを手配する。コピーライターは自分の領域だから、ほとんど自分で手がけるのだが、自分以外のライターが適していると判断した場合は、自分に執着せず、こだわらず、ほかの人間を手配する。クライアントの要望に応え、設定したゴールを達成することが最優先課題なのだ。そこに焦点を絞れば、自分の役割は柔軟に変化する。
たとえば、新聞広告やテレビCFでは、クリエティブディレクターとして関与するのだが、コピーライターとしての比重がやや重い。Webでは、企画立案にプラスして、プログラマーに渡す仕様を煮詰める仕事が多くなり、これはSEの業務といってもいい。Webディレクターには最新システムの知識も要求されるのだ。
最近は、ページモノ印刷物のディレクション業務も多い。例外的に、編集者が先に決まっていて、ディレクションだけを依頼されたのは、あるフリーペーパーの場合。少々、やりにくかったのだが、タイトル、コンセプト、構成、デザインなどのディレクション業務を行なった。また、ある会社の社内報では、企画および編集会議に携わっており、これもディレクション業務のひとつ。自分で文章を書くことは少ないが、全体の企画やデザインのバランスについて、ある一定のクオリティを保持するためには、このような印刷物にもディレクターの存在は必要だと思う。
というふうに振り返ると、実に多彩な業務をこなしているんだなぁ、と我ながら感心する。自分に拍手をおくりたい
ただ、地方都市のマーケットでは、残念ながら、このようなディレクター業務への理解がまだまだ足りないのが現状である。ものつくりに、コンセプトが重要であるにも関わらず、コンセプトそのものはカタチになる前の考え方であって、その「考え方」に対価を支払うことを理解できずにいる。このままだとプランナーやディレクターは、少しずつ、この街から離れていってしまうのではないか。そんな文化の過疎的な状況で、日々、奮闘しているのでありまする。
