タグ : ツール

UMPC 小さなノートはそそるなぁ

5万円くらいでノートパソコンを入手する。僕は今まで、そんな感じでThinkPadというIBMのPCを愛用してきた。ちょっと年式が遅れた頃に、ヤフオク等で中古品を購入するのである。物欲をじっと堪えて、すぐには飛びつかない。ところが今年になってから、事情がかなり変わってきた。新品で小さなノートパソコンが5万円台で購入できるようになったのだ。UMPC(ウルトラモバイルパソコン)と総称して呼ばれる、この小さなノートは、夏ごろに、各社から競って発売され、いまや、10社ちかくの製品が出揃っているのではなかろうか。

小さなパソコンは、僕にとっては理想のツールだ。むかし、HP100LXとその後継機200LXを愛用していた。これは、たばこ2箱分の大きさで300gというMS-DOSのパソコンであった。乾電池で8時間はらくらく駆動する。詳しくはこちらをどうぞ。もちろん倍速化の加工をして、小さなモデムをいつも持ち歩き、東京出張の際に、公衆電話からモデム経由で、原稿を送ったこともある。このサイトに掲載している僕のコラムのいくつかは、この200LXでちょこちょこと書いたものだ。生産中止が1999年。HP200LXは、僕にとってのモバイルPCの理想形であり、モバイルPCの優劣を判断する際の基準となった。しかし、やがてPCはWindowsが主流となり、MS-DOSでは対応できない場面が多くなり、200LXは机の奥深くにしまわれるようになった。

すでにWindows対応のノートPCはいくつも出回っているが、その中ではThinkPADのXシリーズがお気に入りだ。B5サイズで2kg以内というコンセプトはなかなか宜しい。また、いちばんのアドバンテージは、そのキータッチの良さだ。文字入力が多く、キーボードから手を離したくないため、真ん中についている赤いポチも操作性がグッド。CDやDVDの光学系ドライブを持たないという割り切り方も好きだ。ただ、価格が高いから、僕は中古を狙う。

そんな中、新品で5万円台のUMPCブームは大歓迎。Windowsが動いて、しかもカメラもついている。ヤマダ電機で実物をいくつか見てきたが、しかし、何かが物足りない。質感が安っぽいのだ。キータッチも良くない。安いから贅沢はいえないのだが、と思っていたら、LenovoからIdeaPadというUMPCが発売された。ThinkPadはもともとIBMだったがいまはlenovoに移行している。その会社が出すのだから、ThinkPadのユーザを裏切るわけがない。ううむ。久々の物欲全開である。実物を見たら、すぐに買ってしまうかも知れない。ううむ…。

ネットの可能性に目覚めた日

「NIFTY-Serve(ニフティー・サーブ)」というパソコン通信サービスが始まったのは1987年4月だ。僕は、その翌年に会員となった。当時は、東芝のRUPOというワープロを使って、1200bpsのモデムでアクセスした。3.5インチのフロッピーがすぐにフォーラム(会議室)のログで一杯になった。草の根ネットというのにもいくつか入っていて、いろいろな情報のやりとりをして、またチャットなるものにはまった時期もあった。一ヶ月の電話代が2万円を何度も越えてしまい、燃え尽き症候群になり、さすがに自粛するようになったが…。僕は、ネットの世界に興奮していたのだ。

パソコン通信によって広がるコミュニケーションに、すごく大きな可能性を感じた。東京にいて、決して知り合うことのなかった北海道や九州の人と、距離や時間を超えて友達になれる。アマチュア無線(ハム)も似たようなものだが、無線は同時性を前提としており、時間は超えられない。また、文章と会話というコミュニケーション手段の違いもある。文章を使うパソコン通信のほうが、より親密な関係を得られるような気がした。アマチュア無線の世界で、喧嘩をしているのは聞いたことがないが、パソコン通信上では喧嘩はいろいろなところで勃発していた。無線はヨソユキ、ネットはホンネ。当時はフォーラム(会議室)を管理するシスオペなるものが存在して、その管理人が喧嘩を成敗するのが常であった。性質の悪い奴は、フォーラムから追放された。

ネットの素晴らしさを端的に証明するものとして、フリーソフトの存在がある。日曜プログラマがいろいろなソフトを開発して、(当時の主流OSはMS-DOSであったが)それを自由にダウンロードできて、ユーザはその感想をフォーラムで述べる。そのリクエストに作者が応えて、ソフトがどんどん改良され、バージョンアップされていく。僕も、いくつかのフリーソフトを使わせてもらい、その感謝の意味もあってフォーラムに参加した。

このやりとりの根底にあるもの。それは、いいものをいっしょにつくろう、という思いだ。

「いいものをつくろう!」という思いが社会の方に向かえば、「いい社会をつくろう!」ということになる。地域と時間を超えて、人と人とが協同して、何か、コトに当たる。これは、ステキなことだ。小学校中学校と地域の同年代とかかわり、高校でやや広域の同年代とかかわり、さらに大学では日本全国の同年代とかかわり、社会に出てからは同職種とかかわり、それでも、限られた組織の中での交流関係に過ぎない。意外と一生の間で知り合う人数は限られている。

ネットは、その出会いの可能性を飛躍的に拡大した。奇跡のように拡大した。そして、それは人間の意識の拡大にもつながるように思えた。人がひとりで考えることはたかが知れている。ライアルワトソンの言う百匹目の猿、もしくは心理学者ユングの言う集合的無意識の顕在化…ネットは、この世界をいい方向に変える最強のツールとなるはずだ。そう確信した。

ネットに出会ったときの、そんな感動を、最近、僕は、忘れてしまっていたなぁ。なんだか、負の側面が強く出すぎていてね。でも、それで嫌気が差しているなら、それは負の力に負けているということだ。いやいや、ここで負けてはいけない。ネットに長く暮らしているのだから、その良さをもっともっと伝えていかなくてはね。いい方向に変えていくのは、いま書き連ねているまさに、この一行から…だ。

企業のウェブサイトで、相変わらずなこと

僕は、広告プロモーションのひとつの切り口としてウェブサイトの企画制作を請負っている。企業のウェブサイトは、もはや当たり前のツールとなっていて、小さな事業所でも自社ウェブを持っているところが多く、いやぁ、10年以上前から隔世の感あり。どの会社にも、いちおう自社HPがあり、ドメインを持ち、そこには会社概要や経営理念やアクセスマップなんかがレイアウトされ、それで、世界へ向けての情報発信ということになっている。

けれども、ほんとうに、それで、いいの? ウェブサイトを生かしているの? ほとんどの企業において、ウェブサイトはまだまだ明確なポジションを得ていないように思える。インターネットは従来の広報戦略の考え方では、とらえきれない側面を持っており、そのオーバーフローした部分を理解できる担当者および経営トップの絶対数が少ないように思える。gooランキングで興味深いデータがあった。

プロセスについて考えてみる

ある建築家の方と話していて、住宅を設計する際のスケッチを見せてもらった。鉛筆をメインに使用して、黒のボールペン、たまに赤のボールペンが入っていて、ラフに描かれている。それは建築家の頭の中で、ぐるぐるとイマジネーションが広がって、それが収束していくような創作の現場の生の感じが伝わってきて、けっこう面白かった。

いま、建築の世界ではCADが当たり前になってきて、設計図からコンピュータに向かって、その完成予想図も3Dで描かれるケースが多いそうだ。

建築家のイメージがカタチとなって立ち上がってくる創造のプロセス。デジタルをツールとして使う場合は、そのプロセスはハードディスクの中で眠っている。アナログであれば、描かれたノートは作業机の引き出しの中で眠っている。建築家は、デジタルであろうがアナログであろうが、同じようにイメージを膨らますのだと思う。ただ、デジタルにおけるプロセスは、CTRL+Zというやり直し機能で甦る単なるNGの集積のように感じられる。アナログにおけるプロセスは、そこに発想のヒントが隠されているアイデアの集積のように感じられる。

デジタルは、プロセスを無化する作用があるのだろう。完成品だけに価値があって、途中の試行錯誤はゴミ箱に行けばいいのだ、という思想がデジタルには感じられる。逆に、アナログは、プロセスにも、何らかの価値があるのだ、という思想の現れのように感じられる。

われわれが作品に接して感動を覚えるのは、最終的なカタチか、それともプロセスを含めてのものか。例えば、私小説を読むとき、作品そのものに迫ればそれだけでいいのか、作者の人生も含めてストーリーを味わって解釈するのか。

結果を重視する時代。すべてにおいて結果だけしか、価値判断の材料にはならなくなっている。成功か失敗か、イチかゼロか。特にビジネスの世界では、それが正しい判断と思われている。努力したけど、ダメでしたなんて、言い訳をするな! マルかバツかはっきりとさせろ。そう言われると、正しい意見のような気がするけど、ここに落とし穴がある。

プロセスがあって、それで完成品に至らないとしたら、どうだろう。永遠にプロセスに立ち止まっている。実は、それが、人間のありようなのではないか、と思ってみたりした。

Ktai Style でWordPressの携帯対応

携帯電話から投稿するためのWordPressプラグインは、Ktai Entryにしたのだが、携帯での閲覧も同じ作者のKtai Styleに変えてみた。動作環境としてPHP5.2以上と書いてあり、このXserverはいまのところPHP5.1だったので使用をためらっていたのだが、ためしにインストールしてみたら、あっさり動いた。いまのところ不具合はないように思うので、今まで使っていたMobile Eye+とサヨウナラした。

このKtaiStyle、画面のデザインもシンプルでいながら、使いやすく、絵文字まで使えるというのがおもしろい。僕は絵文字を滅多に使わないが、携帯文化が染み付いている人にとって、絵文字による情報共有は重要なファクターになる。文字だけでは誤解を生みやすい表現も、絵文字を使うことによって話し手のニュアンスが伝わってくる。

また携帯端末から管理画面に入れる仕組みも、すごい機能だと思った。僕はまだその機能を使っていないが、携帯からの投稿が頻繁になってくれば、いずれは使うかも知れない。このブログサイトも携帯からのアクセスがどんどん増えてきているし、携帯対応はこれからのWEB構築の必須条件になるはずだ。

ただ僕自身が携帯電話のあの小さな50音順のボタン構成になれるまでには、まだ時間がかかりそう。僕のように電話としての利用がほとんどという人間は、携帯をまだネット端末としては使いこなしていないのではないか。特に、40代以上のそこの君!

そのうち、ネットも携帯電話が主流になってきそうな予感。PCの所有者数と携帯の所有者数を考えても、当然の流れ。あとは端末がどのくらいユーザのニーズを反映できるか。iphoneの動きも気になるが、音楽再生ツールやPDAと携帯電話の融合がますます進むのも確かなところだろう。カメラはもはや常識で、やがて手にするのは、PDAつきの携帯か、携帯つきのPDAか、携帯つきの音楽鑑賞装置か。