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コピーライターの役割って?

新人の頃は、ひたすらデスクに座って、コピーをばんばん書いていました。雑誌広告が多かったこともあって、当時から、ビジュアルもいっしょに考えて、下手なイラストを添えながら、2Bのシャープペンシルを消耗していったのであります。

それから取材編集に興味が移って、あるPR誌をメインにあつかう広告制作会社に移りました。月刊ペースで発行される1冊のPR誌を担当。クライアントとの編集会議からデザイナーとの打合せ、進行管理、もちろん取材と文章は自分ですべて手がけました。25歳頃ですね。取材で日本各地を飛び回り、ギャラは安くても楽しみながら仕事できました。

それから、数社、移籍しましたが、僕の役割は、コピーライターからディレクターの領域になり、プロジェクトをまとめることが多くなりました。ある会社にいたときは、コピーはほかのライターに依頼して、クライアントとの打合せと進行管理が主要な業務となり、いわゆるプロデューサー、AEとも呼びますが、そんな感じの30歳頃です。

長野へ移ってからは、ひさびさにコピーライターに集中できました。しかし、これも入社して2年くらいで、ディレクション業務やスタッフの管理業務がメインとなってしまいました。34歳頃です。

独立してからは、自分で仕事を請けたり、代理店から受注したり、パターンはいろいろですが、コピーライターとしての業務量がどか~んと復活しました。特に、コマーシャルの仕事は、面白いですね。絵コンテをふくめて、企画立案したものが実際にオンエアされるまで、撮影編集を含め、トータルに関わることができ、その泥臭い現場感覚を、僕は好きなんです。

コピーライターという職業は、地方都市では、なかなか成立しにくい。企画代とかコピー代とか、そういうソフトに対して理解が足りないのです。簡単に言うと、コピーを書いているだけでは、家族を養っていくことはできません。コピー、デザイン、撮影、印刷などを含め、トータルに受注しなければ、企画フィーが捻出できません。悲しいことに、それが現実。

コピーライターは、広告表現の肝となる言葉をつくるわけで、それをどのようにビジュアルに反映させるか、という表現プロセスのすべてに関与したほうがいいと思います。クリエティブディレクターであり、プロデューサであり、コンサルタントであり、その役割は広告つくりの根幹。特に地方でやっていくには、マルチな役割が必要であります。


プロの広告屋が減って、どうなる?

告白します。僕は広告づくりが好きです。でも、最初から好きだったわけではなく、コピーライターになろうと思ったのは、なんだか、楽してお金を稼ぐことができるように思えたからです。食うための職業として、ライター家業が向いているんではないか、と。広告代理店に入って、毎日、地獄のように原稿用紙と戦っているときは、ちょっぴり後悔しました。僕には向いていないんじゃないか、と。こんなにシンドイ仕事は、ほかにはないぞ。そのうち、そのシンドサが快感になっていき、若かったせいもあって、アドレナリンを出しながら徹夜して、いい仕事ができると、マゾヒスティックな爽快感を覚え、ますます深みにはまっていくのでありました。

東京で仕事をしていた頃は、メーカー系のクライアントが多く、新商品カタログ、ポスターから新聞広告や雑誌広告などのマスメディア広告まで幅広く手がけました。広告の表現、特に言葉がチカラを持って、世の中に、どんどん広がっていくのを感じました。僕が書いたということを知らない人から、あのコピーはいいよね、と言われると、表現者として感涙モノでした。

広告をつくりながら、広告というスタイルを借りながら、そのなかに、時代へのメッセージみたいな、文化的なというか、俺たちは広告というカルチャーをつくっているんだ、どうだ、みたいな驕りがあったような気がします。モノを売るための広告が、文化になってしまったあたりから、同時に広告のパワーが失われていったのではないでしょうか。広告批評の廃刊は、とっても象徴的な出来事です。文化としての広告がここで幕切れになりました。

インターネットも広告のありかたそのものを変質させようとしています。CMの15秒も長すぎる。広告は、瞬間芸の領域に入ってきています。人が瞬きする間に、人の心をつかむような表現が求められています。

ネット時代になれば、ますますライターの需要が高まるはずだ、と僕は10数年前から叫んできました。ある意味では、当たっており、ある意味では、外れでした。ブログというカタチで表現者が氾濫してきたという意味で、当り。職業人としてのコピーライターの存在価値が薄れてきたという意味では、外れ。

それでも、やはり、プロによる広告づくりに、チカラは存在します。プロでなければ、紡ぎだせない言葉やビジュアルがあり、その価値を知っているかどうかが、これからの企業の盛衰を握ってくると思います。実は今までもそうだったんですけど、ね。特に最近、プロが軽視されるなかにあって、プロの価値を認めるというのは、勇気あるトップや広告担当者がいなければできませんから。

大きいことはいいことばかりじゃない

広告畑出身のデザイナーは、広告物のなかで使用する書体に対してはかなりこだわる。タイポグラフィックというものが、ひじょうに重要であることを認識しているからだ。ところが、WEBしか手がけたことのないデザイナーは、この書体に対する認識が甘いように思う。あくまでも一般論ではあるけれど、MacintoshかWindowsかという制作環境の違いも大きく左右してはいるけれど、どうもシステム系のWEBデザイナーたちは、アプリケーションの表現技術で解決しようとする傾向がある。
新聞広告であれ、チラシであれ、WEBであれ、メディアは違っても、メッセージの希薄なデザイン表現はNGだ。伝えたいことは何か。そこをしっかりと把握してから、表現に臨まなければいけない。そのツボを押さえられる、すばらしいWEBデザイナーもいるにはいる。
でも一般的にWEBしかやったことのないWEBデザイナーは、広告のイロハを知らない。逆に広告デザイナーはWEB上のプログラムやきまりごと、制限のことをよく知らない。僕は、広告畑出身なので、デザインは広告屋さん、コーディングはWEB屋さんという手法をとることがある。手間がかかって面倒くさいけれど、そのほうがうまくいくことが多いのだ。特に、広告なれしたクライアントさんの場合、そういうタッグを組まないと、とんでもないことになる。
僕はディレクターだから、そういうWEB制作のスタッフを組み、そのゴールを方向づけるのが役割だ。広告畑出身、コピーライター出身だから、WEBに対する取組み方がシステム系のWEB会社とは違うと思っている。
システム系のWEB制作は、最先端のIT知識を持っているから、システム構築とあわせたWEBサイトの場合は、だんぜん有利だ。もちはもち屋という諺があるけれど、お互いのいいところを認め合って、協力していくことが必要だ。あたりまえの結論だけど…どのような業種でも最初は小さな範囲で評価を獲得していって、やがて企業規模が大きくなるにともなって総合力を売り物にしていく。そうすると、どこかで、何かが犠牲になっていくんじゃないかな。

コミュニケーション能力って、なんだろう?

広告制作の仕事は、広告したい人と生活者との橋渡しをすること。言いたいことをしっかりと伝えたい人たちに伝えること。そのために言葉を考えたり、ビジュアルをつくったり、メディアを検討したり…どのようにすれば、グッドウィルを獲得したり、モノが売れたり、評判が広がったり…そんなことを毎日毎日考えているわけです。広告業界に棲息する我々はいわゆるコミュニケーションのプロと呼ばれたりしています。
広告クリエイターというのは、だから、コミュニケーション能力が高い…はずなのですが、現実には、意外とコミュニケーションが下手な人が多いような気がします。デザイナーになる方は、幼少の頃から絵が得意でやや引きこもりがちで社交的ではない職人気質。コピーライターは、理論武装が得意でオレは頭がいいんだぞという自信家で他人の言うことに耳をかさないひとりよがり。ディレクターとか営業職の人たちは、人と会って話すのが仕事の主要な部分だから、さすがに、コミュニケーション能力には長けているけど、この業界、性格的にどこか破綻しているような人たちが多いとは思います。自戒の念を込めて…
芸術家であればコミュニケーションが下手であっても、それは個性として許されるわけですが、広告クリエイターは芸術家ではありません。広告制作はひとりでは成り立たない世界です。まずクライアントがいて、代理店がいて、媒体社があって、制作者もプランナー、ディレクター、コピーライター、デザイナー、カメラマン、スタイリスト、オペレータなどなど、みんなの共同作業によって、一本の広告ができあがっていくわけですね。そのプロセスでは、いろいろなぶつかり合いがあって当然です。自分の意見が通らないのは日常茶飯事。あっちこっちに意見が右往左往して、みんなの共同幻想の焦点が徐々にあっていくわけです。
このようなプロセスを楽しめるかどうか。人の声に耳を傾けて、そして柔軟に対応していけるかどうか。
話すのが下手でも、多少の自信家であっても、性格が若干破綻していても、この柔軟さがあれば、なんとか、業界でやっていける。他人とぶつかってもめげずに、前を向いて仕事に取組める。そんな素直な感性が、広告クリエイターのコミュニケーション能力なんじゃないかな。若い人を見ていて、そんなことを思う、中年の広告クリエイターでした。

百貨店の衰退が意味するもの

軒並み売上ダウン。日本の百貨店は、いま空前の危機を迎えている。そういえば、僕もこの一年間で百貨店に足を運んだのは数えるほど。お客さんが減っているんだろうなと思う。

今まで僕は流通関係の広告を手がけることが少なく、東京時代はOIOIのDMにちらっと関わったぐらいで、長野に来てからもファッションビルのCFとWEBには携わっているが、いずれも内容は濃いものの量的には少ない。だから、流通広告の専門家と呼べるほどではないのだが、少し感じたことを…。 続きを読む