アーカイブ : 2008年 12月

デジタルから、ライブへ

そろそろ年賀状を出さなくてはいけない時期になったが、ことしは、まだまったく出来ていない。来年は、どんな年になるんだろう? というボンヤリとした予感を、年賀状に盛り込みたいと思うから、けっこう難しいのだ。
ことしは、年末に向かって、景気がますます悪くなり、非正規雇用者が巷にあふれ、わけのわからない犯罪が勃発して、なんか、みんな首をうなだれて歩いている。ここで、みんなもっと明るく行こうよ、と声をかけても、空回りになりそうだ。それなら、ちょっと前から、僕がことあるごとに人に話している持論をテーマにしようか。

僕は、これからはデジタルから一歩つきぬけた場所から、ライブを重視する時代になるように感じている。もってまわった言い方だけど、デジタルはインフラになってきたという前提。デジタルに過剰な期待をかけるのではなく、デジタルの先に、何が起こるのか。そこがポイントだ。

デジタルの対比語として、アナログという言葉が一般的だけど、これは技術的な側面しか捉えていないように思う。デジタルが共通のコミュニケーションフォーマットになってきたことをしっかりと認め、その次のステップへ踏み込む。その動きが顕在化してくるのが2009年である。

人と人が向き合うライブな感覚こそ、これからは、とっても重要になる。なんてことをつらつら考えて、今日も日が暮れるのであった。年賀状は、まだ出来ていない。

プランニングブティックって、どうよ?

広告業界では、とっても有名なコピーライター仲畑貴志さんが、この夏に、自分の事務所とは別に新たな会社を立ち上げた。しかも、あの天下の電通と共同で設立したというのだから驚きだ。もうすでにご存知の方も多いだろう。詳しくはこちらの記事
仲畑さんとは、二度、お会いしたことがある。最初は、28年前、銀座の宣伝会議コピーライタ養成講座。糸井さんか仲畑さんかどちらかを選ぶカリキュラム構成で、僕は迷わず仲畑さんの講義を受けた。まだ中畑アニキは30代で絶好調のバリバリで、コピーライターを目指していた僕はたくさんの元気をもらった。
二度目は、15年ほど前、長野県広告業協会の主催する軽井沢のセミナーでお会いした。このときは、講義だけではなく、テーブルを囲んで、たっぷりお話を伺った。広告づくりに対する仲畑さんの姿勢に、やはり感銘を受けた。もっともっと、自分にも、やるべきことが、たくさんある。ローカル広告の壁なんて、ないはずだ、と意を新たにしたものだ。
僕は、ローカルで広告制作に20年ほど携わる中で、ローカルならではの広告づくりにどっぷりはまってきた。いい意味では適応してきた。よくない意味では馴らされてきた。ローカルでは、コピーライターという職種が単独では成立しにくく、デザインの付録、代理店のおまけ、印刷会社のおつまみ程度にしか、存在価値がなかった。その証拠に、コピーライティングだけで飯を食っている人間が、ここ長野には存在しないのだ。
僕の場合、企画立案、プロデュース、ディレクション、そしてWEB関連の仕事など、守備範囲が広い。もちろんコピーを核にして、いろいろな業務を手がけており、自分のメインはコピーだ、という自負はある。だが、実際のコピーライティング仕事は、全体の中では、わずかなものだ。地方マーケットに需要が少なく、理解も報酬も少ないから、コピーだけで生きていくのは難しいだろう。

仲畑さんが新たに立ち上げたのは、広告キャンペーンの企画立案をメインにした「プランニングブティック」。これ、ローカルでは、もっとも成立しにくい業種だが、だからこそ、チャレンジのしがいがあるかも知れない、なんてことを無謀にも考えてしまった。仲畑さんの動きは僕に元気をくれる。やはり、ナカハタの兄貴は、広告を考える際の、ひとつの、指針なのですね、僕にとって。

ほぼ日は、10年間。持続したもんが、勝ち!

糸井重里氏は、1980年代コピーライター・ブームをつくった立役者のひとりであり、いつも時代のちょっと先を軽くジョギングしているような存在だった。僕は、コピーライターとしては糸井重里さんよりも仲畑貴志さんをリスペクトしていたけれど。その糸井さんが、ほぼ日刊イトイ新聞を、1998年の6月6日に立ち上げた。

いまから10年前、ちょうど長野オリンピックが開催された年。僕は、長野オリンピック関連の大規模なホームページをプロデュースしていた。当時の長野市内では、ほかにホームページ制作を手がける会社がなかったのだ。僕がインターネットビジネスに着手したのは、その2年前、1996年からだった。これからはインターネットがビジネスのインフラになるぞ、と確信して、WEBサイト制作の事業を立ち上げた。Windows3.1の時代。ネットに接続できるのは、オタッキーな人でなければ無理だった。アメリカ人の建築家やインド人のプログラマーといっしょに、新しい3Dの仕掛けをつくろうとしたり、ネット上で自然保護の植樹ができるシステムをつくろうとしたり、いくらでも夢を描けた時代だ。現実的には、まだまだインターネットは一般的ではないから、当然、HP制作の依頼は少ない。郵政省関連のEコマース研究会に入って、補助金を頂戴してHP制作をやっていたりした。

そんなとき、ほぼ日の登場は、僕にとって、ショッキングな出来事であった。
ネット自体が持つ特性のひとつ、それは、個人がメディアを持つということ。パソコン通信の頃は、その特性はコミュニティを志向した。インターネットは、個人の言いっぱなしを許容して、個人の表現にステージをあたえ、個人のメディアを志向した。個人の出版、個人の放送を可能にした新たなメディアだ。あくまでも個人のメディアであり、それがマスメディアにどこまで拮抗できるか、という議論は無意味だった。というか、従来型の考え方では、マスメディアとの比較をしがちになるのだが、それをあえて個的な部分に絞り込むことによって、結果として対極の位置から、マスメディアと対等になりうる。そんなことを、インターネット黎明期の人たちは直感的に感じていたと思う。だから、わくわくできたのだと思う。
糸井さんは、素人パワーを前面に出すぞ、という格好を装って、プロの広告戦略によって、つねに読者を意識したメディア戦略を展開した。例えば、女子高生の日記がおもしろい、というコンテンツとともに、テレビに出ている有名人の日記も同時に扱ってしまう。あれよ、あれよ、という間に、ほぼ日は人気サイトへと成長した。これは、糸井さんの人脈とパワーがあってのことだ。
だが、ビジネスモデルが当初は見えなかった。どうやって収益を上げるのか?コンテンツはおもしろい、書き手はボランティアでやってくれる。そんななかTシャツを売り出したり、いろいろな試行錯誤があって、イベント的な盛り上がりがあって、あ、やっぱり、モノを売るのか、と。でも、出来たものを売るのではなく、作りながら売る。それが、とってもインターネット的で、すばらしい。マーケッティングをやりながら、制作していくこと。これはネットワークのもっとも良質な機能だ。数々のフリーウェアやLINUXというOSは、ネット文化の財産。それをもっと身近な生活レベルの商品に落とし込んだのがほぼ日ショップなのである。
コピーライター以降の糸井重里さんは、僕にとって眼が離せない存在となった。

 


来年の手帳はどうしようか?

毎年、年末になると、いつも新しい手帳を購入する。そわそわと書店の手帳コーナーを覗きに出かける。ずっとバイブルサイズのシステム手帳リファイルだったが、今年は、日本能率手帳 クレストのお世話になった。システム手帳よりも、だんぜん軽く、新書版のサイズで手軽に予定を書き込めるのがよろしい。ただ一年使ってみて思ったのだが、機能的ではあるのだが、ちょっと色気がないというか。物足りなさを感じた。それと、僕は取材用にいつも無印良品のA6サイズ、ダブルリングノートを愛用しているのだが、手帳も同じサイズにしたほうがいいと思うようになった。

僕の手帳の使い方は、スケジュール管理が基本だ。数年前から、バーチカル(縦時間軸)タイプの週間予定を中心に使っており、来年も、そのようなタイプにしたいと思っていた。

さんざん悩んだ末に、候補に残ったのは、次のみっつ。ひとつは、UNITED BEES ユナイテッドビーズの24時間バーチカル手帳。最近、朝方の仕事パターンがやや定着しつつあり、これに対応できるものが欲しかったのだ。またサイズ的にも、標準的な文庫本のA6サイズ。これは価格的にも理想に近かった。ただ難点は、カバーがぺらぺらで使いにくそうだったこと。ペンを挟んでも、すぐにビニールが壊れてしまうのではなかろうか。それなら、代用できそうなカバーをかければいいか、と、文庫本用ブックカバーもついでに物色する。でも、ブックカバーにはペンさしがついていない。

もうひとつの候補は、HIGHTIDEの手帳 ラフイネ。これはカバーに質感があって、ペンさしもしっかりしていて、もちろんバーティカルタイプで、なかなかよろしい。ただ、24時間ではなく、8時から23時までしかついていない。

そしてみっつめの候補は、以前から気にはなっていたのだが、実物を見ていないので候補外になっていた手帳。あの糸井重里のほぼ日手帳である。首都圏やLOFTのある地方ではけっこう売れているんだろうけど、ここ長野では、身近で使っている人を見たことがない。来年はA6の文庫本サイズで行こう、と決めたときから、ウラの候補として考えていた。

ひさびさに「ほぼ日刊イトイ新聞」を見たのだが、ほぼ日ストアがあふれるほどの商品を扱っており、これは、糸井さんがメディア化した頃から、想定したゴールなのだろうか、と思ったりした。
ともあれ、ほぼ日手帳は、365日、毎日書くページが基本になっており、週間予定の記述という考え方がない。ビジネスでスケジュール管理をするには不適切かも…。ただ、カバーは、とっても機能的につくられていて、使いやすそう、色も豊富で、良さげ、である。このカバーとUNITED BEESの手帳を組み合わせるのもいいかも知れない。そう思いながらオプションのページを見ていたら、なんと、バーチカルタイプの週間予定が出ているではないか。ぐらっと気持ちが傾いた。でも、基本は日記だし、今更、若者に人気のほぼ日手帳を使うのは、なんか気恥ずかしい感じもあり…。

ぐだぐだと悩みながら、その日の購入を諦めたのである。それでも、年末が迫ってくると、来年1月の予定も書き込まなければならない。やはり、どれかに決めなければ、いかん。いかんよな、決めなければ…。


師走ですが、それはそうと…

なんとなく今年一年を振り返ってみる…という12月になりました。これからマスコミ各社がこぞって、2008年の総括をするでしょうね。政治、経済、社会、どれをとっても混乱の極みにまっしぐらに突き進み、混沌としていたような気がします。だから、というわけではないけれど、自分にとっても、なんだか、混沌とした一年だったような気がします。まっすぐに進むのが難しい時代。前へ行くか、立止まるか、撤退するか…後ろ向きなんて、今まで考えたことがなかったのですが、撤退することが前へ進むために必要だったりしました。これは単純に前へ突き進むよりも勇気がいります。誰にでもいい顔をしてしまう性格なので、嫌われることは度胸がいるんだなと思い知りました。

広告は、まっさきに経済の影響を食らいますから、このような地方都市でも大変です。地方の広告は、クリエイターは、これから、どのような方向をめざしていけばいいのか? 考える時間があるときに、たっぷり考えて、戦略を練っていかねばなりませんね。