アーカイブ : 2008年 11月

諏訪湖サービスエリア

081127_1537~0001.jpg

打合せ完了。曇り空、雲がきれいです。

野性を失っていないか?

最近、思っていること。世の中の人間から、どんどん根源的な力が失われているような気がする。野性と言い換えてもいい。なにか危機に直面したとき、反応が鈍くなっているような気がする。アタマで考えるというプロセスを経てから結論を出そうとすると遅くなるのは当たり前だろう。考えるよりも先に感じて行動を起こせるかどうか。感じるためには、ぶれない心がなければならない。ぶれない心は、人間の根っこの部分にある。だれにでも根っこはあるのだけど、その根っこに怠惰というコケが生え、シガラミというきのこが寄生し、また情報という枯葉がたくさん覆いかぶさり、そうしたあれやこれやに隠されて、根っこが見えなくなっている。

思うのではなく、感じること。そしてその感じたことに素直に反応すること。

野性が失われたのは、情報があふれすぎたことのひとつの弊害でもある。ここに危機感を覚えた人は、すでに、なんらかのアクションを起こしている。ちょっと前、アウトドアのレジャーがブームになったが、これもそういうアクションのひとつだと思っている。ただ、最近は廃れてしまいましたね。そういう危機感さえ感じる人が少なくなっているのかも知れない。

僕の場合、釣りから環境への関心が深まり、さらに農業へと関心が向かった。お米づくりだ。来年は、事情があって休むことになるのだが、この5年間、自前のお米を玄米にしたりして、スーパーでお米を買わずにすんだ。

農業を職業とすることはできないが、そういう感覚でもって、家庭菜園や農業体験をしようとする人は増えていると思う。これも野性を取り戻すためのアクションのひとつだろう。

むかし、寺山修司が「書を捨てよ町へ出よう」という本を出して、本のタイトルだけが一人歩きして時代の雰囲気を象徴した。いま、だれもが知識の多さを自慢して、その反動としておバカがもてはやされている。野性を持ったおバカはすてきだ。野性を失っていることに気づいてる視聴者から支持されているのだろう。今なら「PCを捨てよおバカになろう」といったところか。

こういうことをブログで書いている、という本質的な自己矛盾はありますけれど、まぁ、大目に見てください。

漫画家になるのが夢だった

つい先ごろ他界した漫画家・赤塚不二夫の自伝的ドラマをテレビで観ました。伝説のときわ荘がでてきて、胸がきゅんと高鳴りました。

手塚治虫に憧れ、漫画家になることを夢見た青年たちがひとつのアパートで暮らす。まるで合宿所のような生活。そこから赤塚、石森、藤子といったやがてビッグネームになる漫画家が巣立っていくわけです。昔の漫画好きなら、誰もが知っている。今となっては、知る人ぞ知る、ときわ荘です。

歴史を振り返ると、このような現象って、けっこうあるんですね。同じような夢を抱いた仲間たちが、ある時期、集まって活動して、それから、みんながそれぞれに夢を実現していくという現象。夢が共振するという感じでしょうか。

僕は小学生のころ、漫画家になろうと夢見ていました。暮らしていた杉並区のお隣、練馬区には漫画家のアトリエがたくさんあって、友達といっしょに、ちばてつや宅を訪問したことがあります。本人には会えず、スタンプを押してもらって、しょぼしょぼと帰ったのが懐かしい。

手塚治虫や石森正太郎の漫画家入門を何度も何度も繰り返して読みました。枠線を描くのに必要なカラスグチと、なぜかベレー帽を親にねだって買ってもらいました。少年時代からカッコウから入る性格だったんですね(苦笑)。

僕は、漫画家という職業を子供たちに夢や勇気をあたえてくれる素晴らしい仕事だと、本気で考えたのでありました。きっと、僕自身がいろいろ勇気づけられたんでしょう。

そんな夢を描いた初心を、このドラマは思い出させてくれました。けっきょく漫画家にはなれませんでしたが、広告づくりをするとき、どこかで、夢や勇気、というものを忍ばせたい、といつも思っています。そういう意味では、僕の中で初心は貫徹されているんでしょう。たとえ小さなことであっても、そこに夢や希望が見出せれば…それがウソになってはいけないし、難しいんですけどね。


いい仕事って、どんな仕事だ

今年も残すところ、あと一ヶ月。独立してから3年が過ぎた。4年目は、新しい展開を考えようと計画していたのだが、日々の忙しさにまぎれて、なかなか計画が進まなかった。わかってる。多忙を計画の遅延理由にするのはズルイ。しかも儲からない忙しさなんて、最悪だ。

広告の仕事そのものを根本的なことから考える時期に来てる。仕事の攻め方、受け方、流し方、そしてスタッフのレイアウトなど。

広告が変質するであろうということは、インターネットの黎明期から感じていた。その予感は大筋において外れてはいない。こうなるだろうな、という方向になっている。想定外のことも、もちろん多く、その最たるものは、広告クリエイターは、従来よりも「考える時間」をたくさん創出できるようになる、というものだ。よく冗談まじりに話していたのは、将来、広告制作会社は「考える人」数人と、「操作する人」数十人で構成されるようになるよ。で、そのオペレータは主婦と学生のバイト、24時間対応さ、と。だが、実際にはIT化の進展によって、「考える人」はほかの作業まで、できるようになってしまい、やがてデフレの余波によって、やらざるを得なくなり、「考える時間」はどんどん奪われていった。

ちょっと待てよ。どこかで、ボタンを押し間違えたのではないか?

その辺を、探っていくことで、これからのビジネスのあり方が見えてくるように思うのだ。

本気の雪です

081122_0825~0001.jpg

昨夜は仕事で帰宅が零時を回ってしまった。雪はすでに降り積もってはいたのだがこれが今朝の様子だ。
世の中、嫌なニュースが多いし、不景気だし、寒さが沁みるね。頑張らなくてはね。