アーカイブ : 2008年 4月

TinyMCE AdvancedがWordPress 2.5に対応

ブログを書くとき、今までは投稿画面をHTMLモードにして書いていた。そのほうが何かと都合が良かったのだ。ソースをコピーして貼ったり、それほど文字の修飾もしなかったから、それで十分だった。AddQuickTAGというプラグインで自由にタグを増やすこともできたから余計に不便を感じなかった。WordPressの「ビジュアル」投稿画面の動きがいまいちだったことも避けていた理由のひとつだ。

ところが、WordPressを2.5にしてから、ビジュアル投稿(TinyMCE)の仕組みがかなり進化していて、これは移行してもいいかな、と。プラグインを入れると、さらに便利になりそうな気がした。

TinyMCE AdvancedというプラグインがWordPressに入ってるビジュアルエディタを進化させたもので評判がよろしい。WordPress2.5対応は、version 3.0からだ。あまり、詳しい情報がサイト上には掲載されていないけれど、実験台として、さっそく入れてみた。

投稿画面にいろいろなタグを設定できるから、これは便利そうだ。画面はこんな感じになる。

しばらく使ってみようかなと思っている。やはり、ちょっと動きが鈍いけど。タグの細かな指定までできるので、これがうまく動いてくれたら、ブログ画面のデザインをするのは楽になるよなぁ。

:lol: こんな顔もすぐに挿入できるのだ。

白馬に来てます

白馬は快晴。川が雪どけで増水している。久しぶりに釣りをしたい気分になりました。

広告批評の休刊に思うこと

来年の4月に「広告批評」が休刊するそうだ。創刊30周年記念号での休刊。マスメディアによる広告表現を追いかけてきたこの雑誌が、この転換の時代にひとつの区切りをつけたいと考えたようだ。

たかが広告なのに文化としての役割を果たすようになり、それはされど広告として批評の対象ともなりえた。広告を語ることが時代の文化を語ることになって、それは広告をつくる現場でも、そのような意識が強くあって、広告表現によって「時代を捉える」ことができるように思えた。

いちばんの事例は、百貨店の広告だろう。糸井重里さんの「おいしい生活」、仲畑貴志さんの「好きだから、あげる」、魚住勉さんの「ひとりより、ふたり」。それまでの、便利だから買う、機能性で選ぶ、という時代から、大きな転換があり、生活者は生活に対してプラスαの価値観を求めて消費行動を起こしていた。

僕は東京にいた頃は、マスメディア広告をやっていたけど、20年前から地方都市長野で広告制作をやるようになり、いわゆるマスというメディアの仕事が少なく、その感覚がなくなっていった。「広告批評」という雑誌も、こちらに移ってからはほとんど読まなくなった。

こちらでは、マスというよりも、もっと狭いマーケットの感性に訴えていく必要があった。話が少しずれそうなので戻そう。

「広告批評」の休刊は、マス広告の表現が強い影響力をもちえた時代はもう終わったのだ、という幕引きの意味では潔いと思う。ネット広告との共存とか、そういう方向に走ろうと思えばできるのに、あえてそれをしないのは、さすがである。

括弧抜きの広告批評はマスに限定しなければ、今だって、これからだって可能ではある。メディアが変わっても広告はやはりパワーを持つのだと、僕は思っている。ネットとの連携だけではなく、もっと、いろいろなコトとの連携がこれからの広告には求められており、その核に位置するものが「言葉」であることに変わりはないと確信している。

時代を捉えるマス広告ではなく、時代を捉える複合的な戦略がこれからはますます重要になってくる。その中心に必ず言葉がある。だから、コピーライターたちよ、同志よ、もっと頑張りましょう!

広告で人生が変わった経験 ありますか?

広告ウーマンっていうブログに、とってもステキな記事が載っていました。

最近は色々な新卒の広告営業ウーマンとお話することが多くなってきました。
話の流れで

「どうして広告業界を志望したの?」

っていう話になって、そのコが答えたのは、

「広告でいろんな人の人生って変わると思ったから。」

それを聞いて、なんだかステキだなぁと思って、紹介しました。

この記事に、僕は励まされると同時に、
ちょっと昔のことが記憶によみがえりました。
僕にも似たようなことを言われた経験があるのです。

僕の古くからの友人でインド音楽の分野では、
すでに第一人者になっている逆瀬川健治さん。
彼が長野にやってきたとき、
いっしょに温泉に行ったのですが、
けっして手を湯船につけようとしません。
理由は、手がふやけるとタブラの音色が変わるから。
その求道僧のようにストイックな、
表現者として一途に歩む姿勢は、若い頃から、
ずっと一貫していて、尊敬できる友人です。

そのとき僕は、彼の生き方をうらやましく思い、
コマーシャルビジネスにいるじぶんを卑下したような、
そのような感じのことを彼に言ってしまいました。
ちょっと仕事面で落ち込んでいた時期でもありました。
すると、彼から意外な言葉が返ってきました。

「コピーライターという仕事は、いろんな人に影響を与える責任の重い仕事だよ」

ふっと水を浴びせられたようでした。
仕事に馴れてしまい、そういう視点を忘れていました。

広告ウーマンさんの記事にもあるように、
「人生を変える」ことだってあるのが広告です。
広告の中のたった一行の文章が
だれかに小さな希望や勇気を
あたえることだってあるのです。

こういう考え方には、時代も年齢も関係ありません。
広告そのものの基本的な役割のひとつとして、
特に広告づくりを仕事にするなら、
大切にしてほしいなと思いました。

ヒッピーおじさんと若者は仲良くなれそうだ

つい最近、同世代のある音楽プロデューサーと話していて、
ひとつの思いを共有することができた。
それは、60年代から70年代、かつての日本のアングラやヒッピー、
フーテンといった文化に、2008年のいま、
ちょっとスポットを当てるのがおもしろそうだ。
むかし、いわゆるアウトサイダー的な生き方を選んだ人たちは、
いま、どこでどのように暮らしているのだろう…

ヒッピー世代は団塊世代とも重なってはくる。
高度成長、大量消費のメインターゲットとして
マーケット的な側面から、とらえられがちな世代だが、
実は、60年安保の全学連とか70年安保の全共闘とか
学生運動が盛んだった時代の生き証人であり、
その高揚と挫折を体験しているのだ。
長髪を切ってリクルーティングした大多数、
そしてそうではない少数派のヒッピーたち、
その一部は長野のような地方へコミューンを求めて脱出した。

社会と個人、そのかかわりについて、
思いを馳せるとき、
現代は登校拒否やひきこもりなど
一見複雑化しているように見えるけど、
その根っこにあるものは、
ヒッピーの時代と同種のものではないのか。

なんとなく生きにくい世の中に
僕らはどのように立ち向かえばいいのか。

そのヒントがこの辺にあるような気がしている。

ヒッピーという言葉の定義もあいまいなまま、
思いつきをメモとして記事にしました。
あくまでもメモにつき、シビアなツッコミはご容赦を。