カテゴリー : 雑記帖

無駄とか不要とか、誰が決めたんだよ

大根の葉っぱ、どうしてる?
ここにけっこう栄養があって、
うちでは細かく刻んで、
料理に使ったりしてる。
魚は、まるごと食べられる小魚が良い。
エビの尻尾は、食べられるように焼く。
白米というのは、玄米から、
いちばん栄養価の高い部分を削ったもの。
玄米のまま食べれば、
健康的なのに、わざわざ、それを取ってしまう。

ことほど左様に
現代人は、おいしさを求めるあまり、
あえて不健康な食生活をおくっている。
しかも、生ごみを大量に出して、
それがCO2となり大気汚染のサポートまでしている。

最近、手に入れたものが、タマネギの外皮を加工したもの。
エミールという商品名で、一部のスーパーでも売られている。
これは、ほんとうに、素晴らしいですよ。
今までタマネギの外皮は不要なものとして処分されていた。
あの茶色い皮は、さすがに、そのままで食べる人はいない。
でも、そこに、栄養価がたくさん隠されていたのですね。
で、皮を集めて、粉末状にしたものがエミールです。
開発したのは、我らが長野県の人たち。
信州大学でもその効用について研究を始めたようで、
詳しくは、そのうち、あらためて書きますね。
ともあれ、朝、味噌汁に一杯、エミールを入れて2週間。
こういうのは即効薬じゃないからね、まだ、人体実験中。

で、発芽玄米ごはんの話に続いて、
僕は、つくづく、こう思いましたね。
今まで、不要とされていたもの。
カットされていたもの。そこに、本当の価値が隠れている。

現代人は、効率ばかりを追いかけ、
無駄を排除しすぎたんじゃなかろうか。
きれいに揃えられた野菜たち。
不揃いだと、売れないという。
でも、きれいな野菜と
ふぞろいで泥のついた野菜と
どっちが、ほんとうは、きれいか。

ビジネスの現場でも、学校教育の現場でも、
無駄な人間や不要な人間はひとりもいない。
「効率」という、一見正しそうな「ものさし」だけど、
そろそろ考え直さなくちゃ、いかんと思うよ。

発芽玄米ごはんを主食にするぞ!

玄米ごはんを主食にする。そう、決めた。
しかも、発芽玄米ごはんである。

昔から、気になっていた玄米ごはん。
健康にいいのはわかってるけど、
炊くのが面倒くさいから…。
ボタンひとつの電気がまに慣れている身としては、
ガスコンロに圧力がまであれこれやるのは、
毎日だと、ちょっと大変。
しっかり、やってる方、もちろんいるけど、ね。
ところが、最近の電気炊飯器は、
玄米も炊ける製品が多くなった。
家電量販店に寄ると、
ついつい炊飯器のコーナーを覗いてしまう。
それでも、現在使用中の炊飯器は壊れていないので、
食指が動かず、購入には至らなかった。

それが先日、ホームセンターにて
素晴らしい炊飯器を発見したのだ。
なんと、玄米を発芽させて炊飯してしまう優れもの。
自宅で簡単に発芽玄米がつくれて、
しかも炊飯までしてくれるというのだから、うれしい。
めんどうな手間いらず。
これなら、長続きさせることができそうだ。
価格も一万円以内。
2~3合しか炊けないタイプだが、
子どもたちが離れている
いまの暮らしにはちょうどいい。
買ってしまった!

で、今朝、食してみました。
うむ、なかなか美味であるぞ。
ふつうの玄米よりもうまみがある。
昼間も、食してみたが、
玄米ならではの硬さもあって、
あごをよく使って噛まなければいけない。
いつもの白米よりも少ない量、約半分で満腹感を得た。

ビタミンやミネラルが豊富で、
健康には素晴らしい効能がある発芽玄米。
これを毎日、続けることで、
自然とダイエット効果もありそうだ。

うちの田んぼのお米は、今月、脱穀予定。
いつもは籾のまま保存して精米所で白米にするのだが、
今年は、半分くらいは玄米にしてもらおう。
1ヶ月くらい、この発芽玄米生活を続ければ、
きっと、何らかの体調変化が現れるに違いない。

小さな発芽玄米炊飯器を見て、にんまりとする僕であった。

お庭のキノコ、ジコボウを食べた

キノコの季節です。我が家は、長野市の飯綱高原にあるのですが、
この時期には、たくさんのキノコ狩りの方々が訪れます。
うちの周囲は、唐松林なので、このジコボウと呼ばれるキノコが採れます。
ジコボウは俗名で、ハナイグチというのが正式名称らしいです。

10月14日ジコボウ

この写真は、庭のツツジの根元に生えていたジコボウです。
さっそく味噌汁に入れて、おいしく、いただきました。
庭先でキノコが採れるということは、
それだけ湿地帯であるということですね。
実は、裏庭から、春先の水芭蕉やリュウキンカで有名な
大谷湿原という観光スポットまで、つながっています。
ほかにもいろいろなキノコが顔を出しますが、
怖くって、どれにも手が出せません。
むかし、こんなに美味しそうなキノコなら、
大丈夫だろうと専門家に聞いてみたら、毒キノコ。
素人が勝手に判断してはいけませんね。
また、イグチという種類のキノコは
むかしは大体食用だったそうですが、
最近は、毒性を持つものが増えた、とか。
つまり、同じキノコであっても時代とともに変質する!
食べられるキノコだったものが、突然、毒性を持ってしまう。
こうなると、専門家さえ、アテにならないわけで。
今年のジコボウは、まだ、僕の人体実験では大丈夫ですが、
来年になったら、突然、中毒症状を出してしまうとか、
そういうアクシデントも考えられるわけですね。
地球の温暖化で気象状況が狂っているし、
中国からの排気ガス入り黄砂も気になるし、
何がどのように影響しているのでしょうかねぇ。

ジコボウだけは、変わらずにいて欲しいなぁ。

そば畑と田んぼに遊んでもらった3日間

 世間的には3連休のところも多かったような、この6、7、8の3日間。僕は、NPOのイベントと田んぼの稲刈りで忙しかったのでありました。
 6日の土曜日は、NPO法人飯綱高原よっこらしょが「そば花フェスタ」と称してイベントを開催。参加者は総勢30~40名くらい。そば畑に集合してから、飯綱の知られざるスポットをハイキング、帰ってきて、きのこ汁でお昼ご飯。続いて、ハンドベルの演奏に懐メロ大会まであって、充実のプログラムでした。天気にも恵まれて、ハイキングはちょっと疲れましたが、まったりとした楽しい時間を過ごせました。
 7日の日曜日は、稲刈りの第二弾。というのも、先週の稲刈りは、援軍を入れて総勢18人も集まり、この日一日ですっきりと終わる予定だったのですが、雨がどしゃ降りになってお昼で中止。全体の3分の2を残してしまったのです。
 リベンジということで、前日の土曜日に仲間4~5人でやって、僕らチームは6~7人で日曜日に出動。ぜんぶ終わるかと思ったら、チカラ及ばず、秋の陽はつるべ落とし。で、タイムアウト。刈るべき稲穂を残してしまいました。
 8日、月曜日、稲刈り最終決戦のつもりが…またも雨。アメダスで雨の動きをチェックして、午後から小雨になるのを確認し、4人で出動。それでも終わらず、残念無念。ううむ、今年は、ちょっと、稲刈りが首尾よくできません。
 以前にも書きましたが、田んぼの面積が1反3畝ということは500坪くらい。それは、機械を使えば、4時間もあれば、刈って束ねる作業まで、完了してしまう広さ。あえて手で刈るのにこだわってるのは、イベントをかねた楽しさがあるからです。天気が良くて、わいわいがやがや仲間が集まれば、けっこう楽しい作業になります。でも、気まぐれなお天道様のおかげで、今年は散々な目にあってしまってます(涙)。来年は、機械を借りてこようか、と弱気の虫が頭を駆け回っています。

 ともあれ、そば、野沢菜、大根、そしてお米、餅米と胃袋に収まるものをつくるっていうのは、苦労も多いけど、楽しいものですよ。なにしろ、「生きる」ことに直結しているんだから。いや、負け惜しみじゃなくって、ほんとに!

お芝居って、最近、観てないな

 久しぶりに演劇について考える機会があった。
 演劇なんて、最近、ぜんぜん観ていない僕としては、昔の話から、いまを見つめ直してみる。僕が演劇に関わった1975年頃は、全盛期は過ぎたものの、紅テントの唐十郎、黒テントの佐藤信、早稲田小劇場の鈴木忠志、天上桟敷の寺山修二がまだまだ元気だった。そして、この60年代アングラの旗手たちを追撃するかのように、いくつもの小劇団が現れていた。洒落たお笑いの佐藤B作率いる東京ヴォードビルショー、自虐的な笑いのつかこうへい劇団。野田秀樹の夢の遊民社が東京大学で旗揚げ公演を行ったのも、この頃だ。
 僕は、大学に入り、映画かジャズのサークルに入部しようと思っていたが、あるきっかけで演劇研究会に入ってしまった。先輩が唐の亜流劇団を旗揚げして、それを見せられたのだ。新劇とは違うスタイルの演劇は10代の若者には衝撃的であった。それから、ほんものの唐十郎の状況劇場を体験。根津甚八、小林薫、不破万作、大久保鷹、四谷シモンなど名優怪優がぶつかりあい、その存在感に圧倒された。特権的肉体論という唐の持論は、まさにこうした役者たちによって体現されていた。
 部室にたむろしていた先輩たちは、スタニスラフスキの演劇論がどうだこうだとか、プロセミアムアーチがブルジョアのどうだこうだとか、演劇と革命がイコールで結ばれ、なんだか、わけのわからん熱い議論が交わされていた。
 僕はというと、ノンポリですので、表現としての戯曲に興味を持ち、暫くして唐十郎に影響を受けた「血平線の雫」という作品を書き上げた。その演出も手がけ、上演までして、将来を嘱望された(笑)のだが…。
 ともあれ、演劇と聞くと、僕は青春の日々の熱気と苦い味が思い出される…って感傷にふけっていても、前には進まない。
 ただ、ひとつ言えるのは、演劇がムーブメントとして、共同幻想になりえた時代は終わったということ。では、現在の演劇の状況はどうなっているのか。
 これは、まずは体験してみなくては、何も語れない。少し、これから演劇のあれこれを30年ぶりに探ってみようと思うのであった。 

>>つづく