カテゴリー : 雑記帖

百草丸と正露丸

幼い頃、お腹の調子が悪くなれば決まって正露丸を飲む羽目になった。丸く苦いその粒は白湯とともに一気に飲まなければならない。少しでも口の中にとどまれば、鼻にまでツンとくる強力な臭いがあった。我が家では、正露丸を切らしたことがなかったように思う。いわゆる常備薬だ。十三歳年上の兄貴は、大人になってからも暴飲暴食できる強い胃袋が自慢で、それでも食べ過ぎの翌朝はこっそりと正露丸を飲んでいた。僕は、暴飲暴食はそれほどなかったので、正露丸のお世話になるのは、数年に一回程度だった。

僕の女房は名古屋出身で、お腹の薬と言えば百草丸だという。そこで、我が家の胃腸薬は百草丸になった。子供たちも成人して、服用する回数も極端に減ったが、つい先頃、百草丸のビンが空になっているのに気づき、新たに購入した。ドラッグストアにでかけると、百草丸といってもいくつかのブランドがあることを知った。女房曰く、御岳百草丸が元祖本物であるらしい。迷わずに、濃紺の渋い色味のパッケージを手にした。御岳百草丸は、長野県製薬で製造販売されているようだ。

自宅に帰ってから、何の気無しに、「百草丸」をグーグルで検索してみた。すると、興味深い記事がいくつかヒットした。

陀羅尼助(だらにすけ)・百草丸・リローラ

僕がしばしばアクセスするアルファブロガーの「極東ブログ」で、興味深い記事がヒットした。リローラというアメリカ発のダイエット薬と御岳百草丸の成分が似ているという指摘だ。さらに、このリローラにストレス軽減の作用があるというお話。では、リローラとは何者? うつ病ドリルというWEBサイトがヒットした。この中で以下の記事から少し引用させていただこう。

欲しい人のみ:リローラ -うつ病ドリル

ストレス軽減ハーブ。働きは上記の「ホスファチジルセリン」と同じく「コルチゾール低下」だが、こちらの方はそれほど直接作用しない代わりに幅広い効果があり、気分が明るくなるのを助けてくれる。
もともとは過食予防用で、過剰な食欲を抑えるためのもの。

なお、これはイライラした気分やうんざりしている気分を平常時にまで戻す助けをするだけで、通常以上に元気になれるわけではない。

さらに大学との共同研究によって、百草丸は、ピロリ菌にも効果があるらしい。ただし、これは現在あくまでも試験管上の話、人体に対する臨床実験はこれからとのこと。以下の記事に詳しい。

医療・医学ニュース>植物性胃腸薬の百草丸にピロリ菌の除菌効果

いずれにしろ和漢生薬という分野は、まだまだ科学的な解明がなされていない。未知の効用が隠されているようでたいへんに興味深い。

ついでに、正露丸もググってみた。すると、けっこうな確率で好ましくない記事がヒットした。僕のこのブログでは、マイナスイメージを増長させるような記事は書かないようにしている。幼い頃、正露丸にはお世話になった恩もあるし…。それでも、このような記事を読むと、ううむ、となってしまう。あとは、読んだ人の判断に委ねよう。

正露丸の有効性と安全性研究

インターネットを流れるWEBサイトの情報は、玉石混交である。そうした情報洪水の中から、じぶんにとって有用な情報をいかにして取り出すか。私たち生活者が暮らしていく上で、実にさまざまな有意義な情報が簡単に手に入るようになった反面、デマも飛び交いやすい状況にはなっている。ネット市民の情報スキルを磨くためには、ネット以前の判断力、哲学的な思索スキルが求められているのではないだろうか。

御岳の百草丸とラッパのマークの正露丸から、WEB上の情報を通して、いろいろと考えさせられることが多かった。



「正露丸(セイロガン)の有効性と安全性」

出会うということ

営業マンであれば、名刺交換は日常的で、毎日、新しい人と出会うこともあるでしょう。デスクワーク主体の職種であれば、それほど、新しい人と出会う機会は多くありません。私たちは、一生の間に、どれだけの人数と知り合うことができるのでしょうか。

先日、自宅の倉庫代わりの部屋を整理しました。そのとき、東京で働いていた頃の膨大な量の名刺が現れて、しばらく呆然としました。そういえば、こんな有名な人とも仕事をしたな、と顔が浮かぶ人もいれば、あれ、この会社この名前、誰だっけ、とまったく思い出せない人もいます。社会人としての30年間、さまざまな人とすれ違って来たんですね。

小才は、縁に出合って縁に気づかず。

中才は、縁に気づいて縁を生かさず。
大才は、袖すり合った縁をも生かす。

<柳生家家訓>

これらの名刺を前にして、まぁ、自分はいかに小才であったのか、と自己反省を込めて記憶がよみがえってきました。いま、縁が続いていない人とは、そのときの自分にはその縁がなかったのでしょう。逆に、最近、30年前に知り合った人と、深い絆で結ばれていることを確認できるような出来事もありました。縁が縁として成立するためには、自分と相手とのタイミングが重要なのではないでしょうか。縁の役割とは、人間としての成長。縁によって、おたがいの成長が大きく促されます。成長への意志がないところには、縁が訪れないのかも知れません。


初雪

今朝、目覚めて自宅からのワンショットがこれです。道理で寒いわけです。路面の雪は溶けているようですが、タイヤを履き変えていないので、どうしたものかな。遅めに出社しましょうか。それにしても、このパリッと透き通った空気。身の引き締まる感覚。これから長い冬が始まるのですね。

心の底から、願っていることは?

たまたま仕事が昼にかかってしまい、午後2時過ぎに遅い昼飯を食べていました。教育テレビを何気なく観ていたら、「こころの時代」という番組の再放送をやっていて、これは通常なら日曜の午前5時から6時の放送なので、まぁ、めったに観ることができません。この月曜の再放送だって、普通なら仕事中なので、観ることがありません。「待てない時代にどう育てるか~人間教育を支えるもの~」というタイトルで、なにやら、真面目そうなおじさんと坊主頭のおっさんが何かを喋っています。 「生徒がこのようなスピーチをしたんです。読みますよ。私はいい子を装っていた…親に対して、世間に対して、自分に対して…」 偶然に観たこの番組。ついつい引き込まれ、とっても感動しました。この真面目そうなおじさんの名は、基督教独立学園の校長先生、安積 力也さん。聞き手の坊主頭は、金光 寿郎さん。この全寮制の学校では、毎朝、生徒たちが順番にスピーチを行っているのですが、全生徒数が約75人と少ないため、ひとりが年に四回くらいはその順番が回ってくるそうです。その内容の一部を番組内で校長先生が次々に紹介してくれます。自分自身と向き合うことの少ない現代社会において、ある意味、特殊な環境下で内省的な訓練を行って、生徒たちはたくさんの気づきを得ていきます。 「ほんとうに、心の底から、願っていることは何なのか?」 その部分に問いを投げかけ続けて、ただ、待つことが大事なのではないかと、校長先生は語ります。人を樹木にたとえて、その根っこの部分を見つめていこうとする、この学校の在り方に、ひじょうに感銘を受けました。 根っこを育てる教育とは、あたりまえのようで、もはや、あたりまえではありません。言葉では、いろいろ語れても、実践という面では、現代社会は余計な雑音が多すぎるように思います。そもそも学校の先生が鬱病をはじめ様々な病いを抱えているのですから、子供たちはほんとうに大変な時代に生まれ合わせていますよね。この学園のように本質的なことをしっかりと見つめるなんて、そんな時間を持つことは難しいでしょう。それは子供に限ったことではなく、大人だって、そうではないでしょうか。 平日の昼下がり、たまたま観たテレビ番組から、僕自身、多くのことを気づかされ、自分の日常生活を反省させられました。また、人間の未来に対する希望みたいなものを感じて、心がほんわかと温かくなりました。この出会いに、ただ感謝。

僕たちは、あの時代に歸國できない

昨夜、TBS(長野ではSBC)で戦争に関連するドラマを観ました。以前から番組宣伝が多く流されていて、歌手の長渕やビートたけしが出演、倉本聰が脚本、とくれば、これは失敗はないでしょう。東京駅に英霊たちが降り立つというSF的な設定も、おもしろそうです。こ是非とも観なくては、と思っていました。

終戦ドラマスペシャル『歸國(きこく)』

TBSでは、2010年8月14日(土)よる9時より、終戦ドラマスペシャル『歸國(きこく)』を、2時間半に渡り放送いたします。脚本は倉本聰、出演は ビートたけし、長渕剛ほか、小栗旬、向井理、塚本高史、温水洋一、遠藤雄弥、生瀬勝久、ARATA、堀北真希、八千草薫、石坂浩二ら超豪華キャスト陣でお 届けいたします。

さて。2時間半の感想ですが、残念ながら、何か、胸がもやもやして、大きな感動もなく、期待を裏切られて終わりました。予想通りの展開というと生意気な言い方ですが、いま、なぜ、このドラマがつくられたのか、誰に向けてメッセージしたいのか、いくつかのエピソードが展開されるのですが、そのどれもが中途半端な気がしました。少なくとも、僕の心には、ピンときませんでした。あくまでも個人的な感想ですが…。

あの戦争を実体験として語れる人が少なくなった今、戦争の悲惨さを伝えていくことはとっても重要だと思います。東京大空襲の悲惨さなども、ヒロシマ、ナガサキと同じく、もっと伝えていく必要があるでしょう。それは、ドキュメンタリーとしてのテレビ番組であったり、写真であったり、語り部であったり、リアルな取材を通した表現で、僕たちは戦争を追体験しています。あぁ、そうなんだ、可哀想に、とアタマで理解しています。ただ、ここには記録の限界があるような気がします。もし、近親者から、生の戦争体験を聴けば、それは、より感覚的な記憶としての体験になります。

僕の親父は、満州でロシア兵につかまり捕虜になり、戦後、数年後に帰国しました。おふくろは乳飲み子を抱えて、疎開していました。今年、十七回忌だったのですが、その親父は生前、戦争のことをあまり、語りたがりませんでした。ただ、捕虜になった当時、生きるために、ネズミも食った、と、だから、食べものを雑にあつかうな、あるだけ、ありがたい、贅沢を言うな、と僕は何度も説教されました。戦争のことを懐かしく語る人に対して、親父は、ああいうのは嫌いだと敬遠していたふしもありました。

ともあれ、僕は、大正生まれの男と女を両親に持ち、そういう意味では、やや感覚的に戦争の匂いを知っています。それは、家族を引き裂き、人間性を失わせるものとして、弱いイメージではあるけれど、記憶として意識してきました。

話が脱線しすぎ。ごめんなさい。今回のテレビドラマについての感想でした。戦後65年が経過して、日本がこれから、あの戦争とどう向き合っていくかは、日本人のとても大きな課題であろうと思います。そして、その失われつつある戦争イメージを、未体験の僕らに「記録」ではなく、共感とともに「記憶」として伝えていくこと。それがドラマの役割ではないのか、と思うのです。

戦争の遠い記憶は、やがて記録となり、それは言葉の羅列になっていくかも知れません。風化とはそういうことです。現代人は、当時の人間と同じ心持ちにはなれません。だからこそ、ドラマや映画がその感情を現代によみがえらせ、新たな体験の記憶として、戦争の風化を防ぎ止めることができるのだろうと思います。

これは、でも難しい仕事です。倉本聰さんだから、その難しい課題に挑戦できたとも言えます。僕らは、たとえば、現代の中学生に戦争の悲惨さを伝える言葉を持っているのでしょうか。便利さが幸せと思っている人に、それは違うんだよと、はっきり説得性を持って伝えられのでしょうか。
いずれにしろ、いろいろ、考えさせられることが多いドラマだったことは確かです。