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飯田は雪 11 月 19, 2008

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雪です。タイヤを早く履き替えなくちゃあ。

ネットの可能性に目覚めた日 11 月 17, 2008

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「NIFTY-Serve(ニフティー・サーブ)」というパソコン通信サービスが始まったのは1987年4月だ。僕は、その翌年に会員となった。当時は、東芝のRUPOというワープロを使って、1200bpsのモデムでアクセスした。3.5インチのフロッピーがすぐにフォーラム(会議室)のログで一杯になった。草の根ネットというのにもいくつか入っていて、いろいろな情報のやりとりをして、またチャットなるものにはまった時期もあった。一ヶ月の電話代が2万円を何度も越えてしまい、燃え尽き症候群になり、さすがに自粛するようになったが…。僕は、ネットの世界に興奮していたのだ。

パソコン通信によって広がるコミュニケーションに、すごく大きな可能性を感じた。東京にいて、決して知り合うことのなかった北海道や九州の人と、距離や時間を超えて友達になれる。アマチュア無線(ハム)も似たようなものだが、無線は同時性を前提としており、時間は超えられない。また、文章と会話というコミュニケーション手段の違いもある。文章を使うパソコン通信のほうが、より親密な関係を得られるような気がした。アマチュア無線の世界で、喧嘩をしているのは聞いたことがないが、パソコン通信上では喧嘩はいろいろなところで勃発していた。無線はヨソユキ、ネットはホンネ。当時はフォーラム(会議室)を管理するシスオペなるものが存在して、その管理人が喧嘩を成敗するのが常であった。性質の悪い奴は、フォーラムから追放された。

ネットの素晴らしさを端的に証明するものとして、フリーソフトの存在がある。日曜プログラマがいろいろなソフトを開発して、(当時の主流OSはMS-DOSであったが)それを自由にダウンロードできて、ユーザはその感想をフォーラムで述べる。そのリクエストに作者が応えて、ソフトがどんどん改良され、バージョンアップされていく。僕も、いくつかのフリーソフトを使わせてもらい、その感謝の意味もあってフォーラムに参加した。

このやりとりの根底にあるもの。それは、いいものをいっしょにつくろう、という思いだ。

「いいものをつくろう!」という思いが社会の方に向かえば、「いい社会をつくろう!」ということになる。地域と時間を超えて、人と人とが協同して、何か、コトに当たる。これは、ステキなことだ。小学校中学校と地域の同年代とかかわり、高校でやや広域の同年代とかかわり、さらに大学では日本全国の同年代とかかわり、社会に出てからは同職種とかかわり、それでも、限られた組織の中での交流関係に過ぎない。意外と一生の間で知り合う人数は限られている。

ネットは、その出会いの可能性を飛躍的に拡大した。奇跡のように拡大した。そして、それは人間の意識の拡大にもつながるように思えた。人がひとりで考えることはたかが知れている。ライアルワトソンの言う百匹目の猿、もしくは心理学者ユングの言う集合的無意識の顕在化…ネットは、この世界をいい方向に変える最強のツールとなるはずだ。そう確信した。

ネットに出会ったときの、そんな感動を、最近、僕は、忘れてしまっていたなぁ。なんだか、負の側面が強く出すぎていてね。でも、それで嫌気が差しているなら、それは負の力に負けているということだ。いやいや、ここで負けてはいけない。ネットに長く暮らしているのだから、その良さをもっともっと伝えていかなくてはね。いい方向に変えていくのは、いま書き連ねているまさに、この一行から…だ。

坂城町 11 月 13, 2008

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今日は坂城町です。長野は広い。高速道路を使わずに約40分、遠いようで近い。

大町ダム 11 月 7, 2008

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紅葉がきれいです。目が洗われました。

瑞龍寺へ 11 月 6, 2008

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先日、仕事半分、行楽半分で、富山県の瑞龍寺へでかけてきた。朝7時に出て、上信越自動車道、北陸自動車道を乗り継ぎ、小杉IC下車。カーナビを頼りにして、、いい小旅行でした。

神社仏閣の素晴らしさに感動してしまう自分に驚いている自分がいました。