カテゴリー : 雑記帖

わけのわからない仕事

初対面の方から、何をやってるんですか、と聞かれると、 まずは「広告屋です」と答え、 「ポスターとかTVコマーシャルとか会社案内やPR雑誌とかWebとか いろいろな企業や市町村の広告宣伝物をつくっているんですよ」 さらに続けて「僕はコピーライター出身なんで、 言葉づくりを基本にしてものづくりの現場監督をやってます」 それでも、相手は、わかったような顔はしてくれるけど、 きっと「わけのわからない仕事」と思ってるんだろうな。 続きを読む

ブログのネタについて

生きていれば、そこら辺にネタが転がっている。 ブログのネタを探して生きているわけではなく、 生きているから、いろいろ感じて思うことがある。 ただ、違うのは、その思いを書くか、書かないか。 このブログは、広告関係のことから音楽、WEB系など 興味のおもむくままに書いているんだけど… どうせ、書くからには、だれかの目に触れて、 そして何らかの共感や欲を言えば発見があれば、 この膨大な情報のブラックホールのなかで、 小さな小さな貢献ができれば嬉しいなと思ったり…。 今から30年前、 パソコン通信の時代に、ネットワークにふれて、 これは人類が新たなステージへ移行するための、 素晴らしいツールではないか、と感動した。 意識革命、アクエリアスの世紀、世界平和… 心理学者ユングが好きだったこともあり、 集合的無意識の顕在化ではないか、とも。 でも、そんな熱狂からだいぶ離れたところまで、 僕は歩いてきて、なんだか、最近思うんだ。 人間って、たいして変わらない、って。 いや、むしろ、良くない方へ、傾いていってる。 自分が若い頃、上の世代から、 最近の若いもんはなってないって、よく言われた。 彼らは自分を守りたいから、若い人たちを牽制したいから、ね。 自分が若い頃は、生意気にそう思っていた。 そういう年齢に、いざ自分がなってみて、 今「良くない方へ時代が傾いてる」って 感じるってコトは、僕は自分を守りたいからか、 それとも若い人たちを牽制したいからか。 自問自答してみる。いやいや、 自分には守るようなたいした地位もなし。 脅威に感じるような若者も身近にいない。 それよりなにより、 おじさんおばさんだって、 むしろ若い人以上におかしくなってるじゃん。 なんだろうな、この胸につかえるような違和感は… このブログ、少数だけど、楽しみにしてる人もいて、 まとまった記事じゃなくても、書いたら、と言われて、 素直に受けて、まとまりのない記事を投稿してみました。 ま、珈琲を一杯という感じで、これからも遊びに来てください。

2012年 初ブログ

昨年はブログを書く頻度が安定していなかった。 毎日書こうとチャレンジしてみたり、やめてみたり、 年末は特に書こうというモチベーションが低下していた。 ネタはたくさんあったんだけどね。 今年は、初心に戻って、月四回以上は書きたい。 いま、これはiPadで書いているけど、 気楽に長く続けるのがやっぱり大事なように思う。 月並みだけど、健康で、前向きに、 生きていこうと思う元旦であるのだ。

怒濤の秋から、師走へ

 犬を飼うことにしました。きっかけは、ある人の言葉。今年の世界ドッグショー・フリスビー競技で15位になったその人とは、ある会合の席でご一緒しました。酒を飲みながら、今年の1月11日に17年間飼っていた愛犬が亡くなったことを話しました。  すると彼曰く「可愛がってくれた飼い主のもとに、犬は生まれ変わってきたいと思ってるんだよ」と。ふうん、不思議なもんだね。  「仕事柄、いろんな犬との出会いがあるんだけど、どうしても生まれ変わりだとしか思えない瞬間があるんだ」と。ふむふむ。ひょっとしたら、そうかも知れない。酔いの勢いもあってか。よし、また犬を飼ってみるか、と僕はいつの間にか宣言していました。  「うん、そのほうがいいよ、きっと、そのわんちゃんは、地上に生まれるタイミングを待っているんだから」 続きを読む

わたしがいちばん○○○だったとき

個人の思い出は歴史と重なって、 時としてカナシイ記憶につらなります。 でも詩人は個的な体験を軽々と越えてしまい、 普遍性を帯びる魔法をかけてくれます。 いい詩というのは、そういうもの。 茨木のり子さんは、とてもやさしい言葉で、 戦争の体験をひとつの作品にしました。 激しい糾弾があって、諦めがあって、 それでも諦めない希望があります。 あまりにも有名な詩ですが、 なんか、いまの時代に、 しっくりくるものを感じます。 以下に引用させてください。 そして、 ワサブローさんの歌も掲載します。 すばらしく、すてきな歌い手です。
わたしが一番きれいだったとき             茨木 のり子 わたしが一番きれいだったとき 街々はがらがら崩れていって とんでもないところから 青空なんかが見えたりした わたしが一番きれいだったとき まわりの人達がたくさん死んだ 工場で 海で 名もない島で わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった わたしが一番きれいだったとき だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった 男たちは挙手の礼しか知らなくて きれいな眼差しだけを残し皆発っていった わたしが一番きれいだったとき わたしの頭はからっぽで わたしの心はかたくなで 手足ばかりが栗色に光った わたしが一番きれいだったとき わたしの国は戦争で負けた そんな馬鹿なことってあるものか ブラウスの腕をまくり 卑屈な町をのし歩いた わたしが一番きれいだったとき ラジオからはジャズが溢れた 禁煙を破ったときのようにくらくらしながら わたしは異国の甘い音楽をむさぼった わたしが一番きれいだったとき わたしはとてもふしあわせ わたしはとてもとんちんかん わたしはめっぽうさびしかった だから決めた できれば長生きすることに 年とってから凄く美しい絵を描いた フランスのルオー爺さんのように               ね