3月11日以降、ツイッターがひじょうに役に立つ情報源となりました。そのツイッターでも話題になった週刊誌の表紙について、僕なりの感想を書いてみようと思います。

最新号のアエラ表紙については、すでにTwitter上で批難が集中して、アエラはWEB上でも、謝罪めいた一文を掲載しています。それでも誰が見ても恐怖心が煽られるような表紙です。なぜ、ここまで、脅かす必要があるのか。脅かされた我々は、どういう心境になるのか。人を脅かそうというのは、その人を下に見ているとき、いわゆる「なめてる」ときです。そんな差別感なんて、読者は感じないよ、とでも思ったのでしょうか。そもそも編集は、読者の心理まで想像力を巡らしたのでしょうか。映画のポスターじゃないんだから、この表現はないでしょ。というか、映画の予告編をつくっているような感覚で、編集長はこの表紙にOKを出したのではないでしょうか。一般的には、このようなマイナスアプローチのレトリックは、本編を読ますためのフックとして機能します。そのレトリック手法だけに執着して、「効果的だから」と安易にOKを出したのではないか。その結果、一般的な事態ではないことを認識していない編集部の無神経さを露呈してしまいました。いくら謝罪をしようが、多くの人が編集部の一般人感覚を疑わざるをえなくなっていると思います。

TIMEの表紙は、被災者の悲しみを切り取った写真。ジャーナリズムは、厳密には、客観的な事実のみを伝えることはできません。そこに、何らかの思いが働き、それを伝えようとした瞬間に、すでに事実は主観的な「思い」によって脚色されています。事実を超えた真実を伝えるのだ、と多くのジャーナリストたちは語ります。この表紙は、読者目線のヒューマニズムという視点にたっており、アエラとの対局に位置しているように見えます。しかし、クリエイティブへの信頼、という意味では、同列に存在しているとも言えます。多くを語らずに、静かに、強く、感情に訴えかけてくる表現。そのメッセージがより共感を呼ぶ、という意味では、TIMEのほうが遙かに勝っていますが…。

週刊ポストの表紙は、赤ちゃんを救出している自衛隊員。「日本を信じよう」というタイトルとともに、復興への励ましを込めた表現となっています。まるでアエラの表紙をあざ笑うかのような「放射能汚染とデマ」という小見出しまで。多くのことを表紙で語り、それは、読者の知りたいという欲求に応えているように見えます。
僕としては、もっとも共感できた表紙です。悲惨な状況はテレビでたくさん報道されました。そのなかで、いま、これから、どうすべきか。立ち止まっていてはいけない。明日へ向かって、動きだそう、日本の底力を信じよう。そういうメッセージが込められているように思います。いつも見出しを表紙に出すスタイルですが、具体的なことを知りたい現時点では、この感じがいちばんしっくりときました。

週刊アスキーは、なんてシンプルな表紙でしょうか。上の三誌とは異なって、デジタル系の専門誌ですが、それでも、このシンプルさは「あれ」と思うほど大胆です。その理由は、いち早くWEB上に開示されました。
>>週刊アスキー読者の皆様へ
この文章中から下記に抜粋します。
まず、3月22日発売号の週刊アスキーの表紙ですが、いつもの週アスの表紙を心待ちにしていただいていた皆様には本当に申し訳なく思います。震災後に伝 えられる映像やネットの情報を見るにつけ、表紙に入れるべき文章もビジュアルも、正直、何も思いつきませんでした。そのため、今回のような表紙になってし まったことをお詫び致します。
でも、これが先週の、週刊アスキー編集部の偽らざる心境でした。
これ、いろいろな意味で素晴らしい。編集者としてはある意味、表現放棄ということで、まったく失格なんです。表紙を見ただけは、それほどの感慨はわかないでしょう。ところが、WEB上でのメッセージを読んでから、この表紙を見たとき、読者としての共感度はものすごく高くなります。いま、震災後の私たちは「なすすべもない」という無力感に多くの人がとらわれています。その切なさを表紙の表現放棄というカタチで表現(!)し、さらに編集部は、今後物流システムが安定するまでの間、誌面をPDFで無償提供すると宣言しています。いま、編集部として、できる支援をしっかりとやる。でも、生身の人間として、血や涙や、そんな感情の揺れを持っている。あなたと、同じなんだよ。それがこのWEB上の文章でストレートに伝わってきました。印刷物だけの力ではなく、WEBやSNSとの連動というスタイルによって、メッセージがどんどん広がって伝わっていくところも、現代的なコミュニケーションのあり方を感じます。
さて。僕個人のことですが、いま暮らしている長野市内は、被災地ではありません。でも、僕には、釜石に暮らす79歳のおばさんがいて、お世話になった彼女のことがとても心配でした。震災後すぐ、連絡がとれないという焦燥感と、じぶんには祈るしかできないという無力感に、数日間、沈んでいました。でも、おばさんの元気な声を電話で聞いてからは、僕も、がんばらなければ、という前向きな気持ちに切り替えることができました。そういう経過を経て、いまの僕があって、そうして各週刊誌の表紙を取り上げて、気ままに勝手な感想を述べてきました。震災を、どのように体験しているか、ひとりひとりによって、感想がまったく違ってくるのだと思います。ただ、こういう事態のときこそ、メディアは、ほんとうに、人の気持ちを斟酌できなければいけないんじゃないか、と。多くの人に影響を与えるメディアは、小さなひとりの人間に対して、深い洞察と共感を持って、そこからメッセージを発信すべきではないかと感じました。