新聞の広告賞というもの 10 月 11, 2008
Posted by KIKU in : 広告論 , add a comment毎年、新聞社が主催する新聞広告賞というものがあって、僕がクリエイティブディレクター&コピーライターとして関わった広告が、準優秀賞というものを受賞しました。ほかの受賞作品が軒並みカラー広告だったのに、これだけがモノクロ表現でした。賞は、クライアントに対して授与されるものですから、制作者としての僕にはなんら特典がありません(笑)。
僕にとっては、賞よりも読者の共感を呼べたかどうかが気になるところ。その点、この作品は実際のユーザからの反響が良くて、その生の声がクライアントを通して耳に入ったときは、賞の知らせよりもほんとうに嬉しかったです。
僕がこちらの地方に引っ越してきた当時、初めて手がけた新聞広告が、やはりこの広告賞の最優秀賞に選ばれました。新聞広告は、東京にいた頃から、好きなメディアで、大手新聞社の全国紙に掲載する広告を何度も手がけました。コピーライターとしては、とっても、楽しくやりがいのあるメディアです。毎朝、新聞に眼を通している読者、彼らの眼に止まるキャッチフレーズを考え、ビジュアルとの相乗効果を練って、ボディコピーを読ませる仕掛けを仕込んでいく…。でも、残念ながら、ここ20年間近く、僕個人は、新聞広告のクリエイティブには縁が薄くなっていました。好きなのにねぇ。
新聞広告には、新聞の記事と同じように何らかのニュース性が必要ではないかと思います。読者が新聞をなぜ読むのか。読者が新聞に期待しているもの。その辺をうまく捉えて、クリエイティブに落とし込むことが求められます。テレビCFは、ニュースよりも瞬間芸。どれだけ印象に残せるかが勝負みたいな。でも、まぁ、最近は、クロスメディア化してますから、あんまり決めつけないで、つねにニュートラルな気持ちでのクリエイティブを心がけています。逆に、瞬間芸のような新聞広告、読ませるテレビCFが出てくれば面白いのに…とか、ね。
CM現場は映画バカの匂いがする 9 月 27, 2008
Posted by KIKU in : 広告論 , 2comments今週は2日間、CMのロケでした。県内、軽井沢・佐久方面ですが、東京から男女のモデルさんを呼びました。演技のできるモデルがいい、ということでおふたりとも若い役者さん。映画やテレビなんかにも出演経験があり、これから主役に抜擢されるかも知れない。将来有望なスター予備軍です。ロケ地は、5階建てのタワーなんですが、ここの階段を使って、何度も何度も駆け上がってもらうというハードな演出です。僕がプランニングして、映像ディレクターに実際の演出は頼みました。カメラマンはキャリア30年というベテラン。つい先日、情熱大陸で木村大作カメラマンを見たばっかりだったので、ああ、こういう骨な職人の世界っていいな、と。映像に対するこだわりと間合いの取り方が絶妙なんですね。俳優さんは、目にチカラがあって、これもグッド。将来、きっと世に出てくるぞ。
今まで僕はCMにも何本か関わりましたが、メインは印刷媒体です。久しぶりに映像の現場に立ち会って、なんだかワクワクしました。スチル撮影の現場とは違ったアドリブの緊張感があって、これはきっと映画づくりに通じるものなんだろうな。男たちの夢、汗臭いロマンを感じました。
広告が好きなのか、表現が好きなのか 8 月 17, 2008
Posted by KIKU in : 広告論, 雑記帖 , add a commentイベントが終わって、たまっていた仕事を整理して、お盆だというのに、仕事モードですが、それでも通常のように電話に追われることもなく、ゆるゆるたらたらとパソコンに向かっています。仕事からの逃避もゆるゆると、よく読むブログから、さらにそこからリンクを辿っていったり、特に、広告関係のブログを見ていると、けっこう面白いものが多いですね。
広告制作を職業にしている人は、やっぱり、広告が好きなんだな。表現することが好きなんだな。
好きなことを商売にしているのは、ひとから羨ましがられることなんだけど、ほかの仕事よりだんぜん残業が多くって、徹夜なんてこともあったりして、時間的には、羨ましがられない仕事ですね。それでも「好きな」仕事だから、若い頃は、残業も徹夜も、ちっとも苦にならず、自分のベストを尽くしたものです。広告会社に所属していれば「好き」ということが雇用側にとって、時間外労働の免罪符になっていたりするのですね。双方が了解の上での共犯関係です。
僕のお気に入りの広告業界ブログのひとつ。
>ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)
この17日付けの記事で以下のような文章に僕は大きく頷きました。
時代は変わっても、広告なんて、かつて絵描きになりたかった人や、もの書きになりかたかった人たちの能力を利用してつくるものであるのには変わりがなく、やっぱり普遍的なクオリティってのはあります。
広告が好きな人と、表現が好きな人。僕がコピーライターとしてのキャリアを始めた東京では、この2タイプの人種がいて、特に前者の広告オタクとでも言うような人が六本木や赤坂界隈には多かったように思います。僕の周りには後者が多く、コピーライターの先輩は脚本家崩れだし、画家崩れのデザイナーとか、どこか負い目のある伏し目がちな視線で広告を語るのでありました。
どちらのタイプがいい広告をつくるのか、一概には言えませんが、ただ広告を参考にしていてはその広告を超えるのは難しいのではないでしょうか。いろいろな視点、特に人間に対する視点をしっかり根底に持った上での表現は、たかが広告ではあっても、普遍性を持ちうるのだと思います。
デフレだからって、ビクビクすんなよ 5 月 15, 2008
Posted by KIKU in : 広告論 , add a comment僕ら広告制作の現場には、不況の波がまっさきに襲ってくる。企業が経費を切り詰めようとするとき、交際費、交通費、広告費という3Kがいちばん最初にカットされる。これが社会の一般的な原則だ。
僕は、バブル絶頂のときに東京で仕事をしていたから、当時の広告制作料を肌で知っていて、長野へ移住してきたときは、そのローカル料金とのあまりもの落差に愕然とした。そしてバブル崩壊、デフレ不況と続いてきて、これ以上、制作料金が安くなったら、地方で広告制作に携わる人間はみんな廃業だ、という寸前のぎりぎりにきているのではなかろうか。
最近、ある映像系の広告制作マンと話をした。「僕らは20年前と、料金が変わらないんです」。それは印刷系の制作会社も同じ。
広告制作会社のビジネスモデルは、広告主がいて、広告代理店がメディアを斡旋して、制作会社は直または代理店経由で広告づくりを発注される。いわゆる B to Bの受注型産業に分類される。あくまでも受身であり、数ある制作会社の中から選ばれるためには、なんらかのアドバンテージがなければならない。それは、スタッフの多さか、クリエイターの人柄か、表現のクオリティか、安い料金か。
僕は広告制作者をよく芸者にたとえたことがあって…お座敷をかけてもらうためには、芸を磨く、オンナ(人間性)を磨くことが何より大切よ。安売りなんかは、引退寸前になってから。ま、あたいは安売りするくらいなら、引退を選ぶわね。な~んて、話をしたものだった。現実問題としては、クライアントの意向あってのお仕事だから、当然、料金面の交渉は日常茶飯事。割りに合わない仕事だって、笑って、こなしますが…。
ある仕事で、見積の打診があった。以前は、東京の制作会社でつくったらしいが、そのリニューアル版をつくりたいという。僕らはその作品を見て、同等の品質で同等以上の広告をつくるために、細心の注意を払って見積もりを提示した。すると、代理店から「こんな高い料金を、ローカルの企業がだせるわけがない」と言われた。
ほんとうに、そうですか?
内容あっての価格だから、その内容をきちっと理解してもらえれば、料金は正当性を持つ。こんな当たり前のことが、デフレという波の中では、ついつい忘れがちになってしまう。内容よりも価格ありきで、広告づくりを考えてしまう。僕らは代理店の人に理解してもらい、代理店は広告主に理解してもらうよう交渉した。
最終的に、料金は落ち着くところに落ち着くはずだ。ただ、最初から、臆病になってしまうのは、どうかなと思うのだ。ローカルだからしょうがない、のではなく、まず初めに企画ありき内容ありきで広告づくりをしていかなければ、広告主に対しても不誠実だと思う。
広告制作マンは、効果のある広告で、制作料金以上の価値を生み出すことができる。広告主に対して、ほんとうに誠実なビジネスをするなら、いま、何をすべきか。その辺に、これからローカルのマーケットを活性化するためのヒントがあるように思うのだ。
広告とWEBの両方に足を置くこと 5 月 7, 2008
Posted by KIKU in : Web論, 広告論 , add a comment最近知り合った人からは、WEBの専門家と呼ばれ、昔から付き合いのある人からは、コピーライターとかプランナーとか呼ばれ、どちらも正解ではあるけれど、なんだか僕自身の心の中では、どちらにも違和感が残る。その原因は、何だろうかと考えてみる。
WEBに軸足を置く人は、いつも新しいテクノロジー情報に敏感で、ITに弱い人をちょっと小莫迦にしているように、僕には感じられる。広告代理店や広告制作会社にもITがかなり普及したとはいえ、WEB業界の人ほどはITに詳しくはない。だから広告屋さんのことを、どちらかというとアナログで、いわゆる古臭い人間という眼で見ているフシがある。
逆に、広告業界に軸足を置く人は、WEB業界の人をオタクっぽい人種と見て、ちょっと小莫迦にしているように、僕には感じられる。技術ばかりが先行して、人間性が薄いという評価。だからWEB屋さんのことを、どちらかというとデジタルで、いわゆる機械的な人間という眼で見ているフシがある。
あくまでも個人的な印象の問題だから、すべての人がそうだというわけではないけれど、アナログ派とデジタル派というけっこう昔からの対立の構図が今でも生き残っているように思う。
では、僕自身は、どうか?
小学生の頃、本を読むのが好きで、漫画を描いたりして将来は漫画家になることが夢だったから、これはアナログ派の性質だ。でも、同時に、初めての月面着陸の時代に生きていて、宇宙飛行士に憧れ、アマチュア無線の試験に合格したのも小学生の頃だ。独学でラジオを組立てたり、電気関係の本を勉強したから、これはれっきとしたデジタル派の性向だろう。
アナログとデジタルへの興味が、僕の中に、いつも共存していたように思う。
WEBとの出会いも早かったのだが、それは僕の中では、ごくごく自然な成り行きだった。ワープロ、パソコン、パソコン通信とITの進化のステップとともに僕のネットワークスキルも着実に磨かれてきた。そして広告業界に身を置いていて、パソコンに強いコピーライターということで、ニューメディア時代の到来を告げる広告をつくる機会があって、それは天下のニッケイ新聞で15段のシリーズ広告で展開された。通信の自由化がなされる前、当時の郵政省や通産省は、本気でIT時代の最先端を行こうとしていた。それが、バブルの崩壊で、コケタのだ。まぁ、いまさら言ってもしょうがない。
何はともあれ、広告とWEBの両方に軸足を置いていると、いろいろと見えてくることがある。それが、僕の強みであり、大げさに言えば、社会的に貢献できる部分なのかも知れない。最近、WEB論や広告論がご無沙汰だったので反省。ぼちぼちとそんなこともまた書いていこうと思う。
