カテゴリー : コピー学校

文章は、反射神経だ!よし、書くぞ!

昨夜の北京オリンピック柔道女子、
谷本歩実の決勝戦は、痛快でした。
これぞ、反射神経、からだが反応した一本勝ちでした。

その映像を観ていて、思いました。

文章を書く行為も、同じように反射神経なんじゃないか。

文章を「書く」というと、
精神活動のように思われがちだけど、
それはちょいと違うのではないか?
むしろアタマの筋肉を鍛えることで、
いつでも、どこからでも、
言葉によって反応できるようにすること。

文章は、量をたくさん書けば上達する。
剣道における素振りのように
柔道における打ち込みのように。

退屈な練習であっても、その練習量によって、
反応できる身体となり、結果を返してくれる。

とっても、すばらしい感性を持っているのに、
それを言葉・文章にして表現することができない。
そういう人を数多く見てきました。
逆に、たいした感性がないのに、
文章化する技術だけは持っている、という方も。

僕が話しかけているのは、
もちろん、前者のあなたです。
すてきな感性プラス文章の技術。
その技術を磨くための、たゆまぬ努力。

伝えられる限界はあるけれど、
このブログとメルマガが文章修行のヒントに
なってくれれば嬉しいわけで…。

さぁて、と。

「コピーライターの学校」、不定期ながらも再開します。

コンテンツを日本語で言うと…

ひさしぶりに糸井重里さんのホームページ「ほぼ日」を見ました。すると、コンテンツを日本語で言うと、「出し物」がいいのではないか、と書いてありました。なるほど。日頃から、僕も「コンテンツ」という言葉を使い勝手の良い言葉として気に入ってましたが、日本語でいうときは、辞書的に「内容」と説明してきました。システムよりコンテンツ、仕掛けより内容だよ。って使ってきました。それでも、内容といってしまうと、なんか、コンテンツという語感から来る魅力的なイメージが損なわれてしまうんですよね。そこで「出し物」はお笑いのネタみたいな感じで、さすが座布団一枚です。

でも、何か、もっとほかに適当なの無いかなとアタマを遊ばせていたら、「ごちそう」という言葉が浮かびました。コンテンツを日本語でいうと「ごちそう」。しかも「フルコース」の懐石とかフランス料理。コンテンツを考えるとき、バランスっていうものがあって、メインの肉料理だけだと腹にこたえるから、スープや前菜なんてものがあるわけで。コンテンツは、ごちそうをつくるときの考え方といっしょ。このホームページをつくるときは、どんなごちそうにしようか、とあれこれ考えるわけですね。

広告批評の休刊に思うこと

来年の4月に「広告批評」が休刊するそうだ。創刊30周年記念号での休刊。マスメディアによる広告表現を追いかけてきたこの雑誌が、この転換の時代にひとつの区切りをつけたいと考えたようだ。

たかが広告なのに文化としての役割を果たすようになり、それはされど広告として批評の対象ともなりえた。広告を語ることが時代の文化を語ることになって、それは広告をつくる現場でも、そのような意識が強くあって、広告表現によって「時代を捉える」ことができるように思えた。

いちばんの事例は、百貨店の広告だろう。糸井重里さんの「おいしい生活」、仲畑貴志さんの「好きだから、あげる」、魚住勉さんの「ひとりより、ふたり」。それまでの、便利だから買う、機能性で選ぶ、という時代から、大きな転換があり、生活者は生活に対してプラスαの価値観を求めて消費行動を起こしていた。

僕は東京にいた頃は、マスメディア広告をやっていたけど、20年前から地方都市長野で広告制作をやるようになり、いわゆるマスというメディアの仕事が少なく、その感覚がなくなっていった。「広告批評」という雑誌も、こちらに移ってからはほとんど読まなくなった。

こちらでは、マスというよりも、もっと狭いマーケットの感性に訴えていく必要があった。話が少しずれそうなので戻そう。

「広告批評」の休刊は、マス広告の表現が強い影響力をもちえた時代はもう終わったのだ、という幕引きの意味では潔いと思う。ネット広告との共存とか、そういう方向に走ろうと思えばできるのに、あえてそれをしないのは、さすがである。

括弧抜きの広告批評はマスに限定しなければ、今だって、これからだって可能ではある。メディアが変わっても広告はやはりパワーを持つのだと、僕は思っている。ネットとの連携だけではなく、もっと、いろいろなコトとの連携がこれからの広告には求められており、その核に位置するものが「言葉」であることに変わりはないと確信している。

時代を捉えるマス広告ではなく、時代を捉える複合的な戦略がこれからはますます重要になってくる。その中心に必ず言葉がある。だから、コピーライターたちよ、同志よ、もっと頑張りましょう!

コピーライターには、どうすれば、なれるの?

 このブログの読者から一通のメールをいただきました。それは一般性のある質問だったので、ぜひ、ブログでも取り上げたいということを告げたら、快諾をいただきました。

 で、その質問の内容ですが、コピーライターという職業についてのもの。

「書くこと・活字・読書が好きですが、日頃の勉強・情報収集が必要だと思う職業ですよね。未経験でも生活できるほど収入になるのでしょうか?」

 コピーライターという職業って、名前だけは知っていても、どうやって食っているのか、けっこう謎の多い職業だと思います。自分も、なってみるまでは、知らなかったから、このような質問って、とってもよくわかります。僕もただ「書くこと」が好きだったから、自信があったから、すぐにコピーライターになれるはずと思っていました。

 ところが、実際は、いくつかのプロセスがあって、それらをクリアしなければなりません。

 まず、学校の新卒であれば、広告代理店に入社するという手があります。大手代理店であれば、すごい倍率を突破した優秀な方が一般職として入社し、それからすぐに制作になれるわけではなく、営業部とか媒体部とかいろいろ経験して制作部に配属されるというコース。または広告制作会社、広告プロダクションに入社するという手。こちらは一般的には中途採用が多く、新卒採用をしている会社は限られており、CF系の会社とか、これも、すごい倍率になります。いずれにしても、新卒からみっちり仕込んでくれる会社は、それなりに余裕のあるところです。

 次に、まったく畑違いの仕事をしていて、ある日、コピーライターになりたいと思った場合。僕も、これに近い感じ。学校を出てから、コピーライターという職業に眼をつけたわけです。当時、新聞のコピーライター求人広告を見て、手当たり次第に電話しました。でも、ほとんど電話口で全滅。経験者しか採用してくれないんですね。それでも何人か、気の良い広告制作会社の求人担当者が会ってくれて、相談にのってくれました。

 で、わかったこと。世の中には、コピーライター養成講座なるものが、あるらしい。広告制作会社のコピーライターは、ここを卒業していなければ、いけない、らしい。宣伝会議社が主催のその夜間講座に半年間、僕は昼間バイトをしながら通いました。そこを卒業してから求人広告を見て応募したところ、門前払いではなく、ちゃんと採用試験を受けさせていただき、ある広告代理店に入社することができました。そこがコピーライターとしてのキャリアの出発点になりました。

 つまり、コピーライターというのは、広告代理店か広告制作会社、どちらかにまずは入社して、それからキャリアを重ねていき、やがてお客様とのコネクションができたら独立する。これが、いわゆる広告業界のひとつのパターンなのであります。デザイナーであれ、コピーライターであれ、営業であれ、度量とチカラのあるものからどんどん独立する。ちなみに僕も30才のとき、仲間と広告会社をつくった経験があります。だから、東京などの首都圏には、すごい数の小さなデザイン会社、企画会社があります。広告産業を支えているのは、そういう優秀なフリーランスたちなのです。

 ですから、未経験の方が、いくら文章力にたけていても仕事になるわけではありません。BtoBの仕事ですから、まずはクライアントをつかんでいなければならない。そのためには、どこか広告関連の会社に一度は所属する必要があります。

 そして、コピーライターとして食っていけるのかどうか、収入についてのお話。これは、地方と都市の格差の問題として、長くなりそうなので、またの機会に。

ブログのなかで「コピー学校」の歴史をつくろう

 最近、メルマガの発行を怠っているなぁ。

 僕は、「コピーライターの学校」という名のメルマガを2006年 6月13日から「まぐまぐ」で42回分発行している。まだ、終わりにはしていないので、継続するつもりではある。

 けれど、昨年から、このブログをスタートさせて、こちらのほうが幅広い分野について書けるため、メルマガに対する比重が極端に減っているのは確か。当初の半年間は毎週1本書いていたのが、昨年は、年間を通して、わずか、11本。それもこのブログとの重複もいくつかあり。書く際のスタンスが、フォームが少し崩れたような気もしつつ…。

 目の前に、ブログとメルマガという2つの媒体がある。ブログはいわゆるWEB2.0的なゆるゆるな広がりが期待できて、WordPressのチップスを探す人から、長野県の花火の情報を知りたい人まで、ピンポイントでキャッチしているようだ。もちろん広告論やWEB論というカテゴリーに興味があって訪れてくる人もいる。

 かたやメルマガは、読者数約300人と少ないながらも、「コピーライター」に興味を持っている人に限られている。カテゴリとしては、メルマガはブログの中に包含されている状態。コピーライター=広告論・WEB論<時事世相=ブログである。

 メルマガを書き始めた動機は、自分のコピーライターとしての経験がたとえわずかでも後進のために役立つことがあればいいな、ということ。What to sayを教えるのは難しいけれど、How to sayの整理を含めて、伝えられることがありそうだと思った。多少の脱線はありながらも、基本路線はお役立ちメルマガである。

 だから、ちょっと先生のような書き方をしている部分もあり、メルマガの中では、一貫性がとれていた。しかしブログを書き始めるようになり、メルマガとダブルで投稿するような際に、僕の中では違和感があった。まぁ、そんなの気にならないというのが、ピンポイントで読まれるブログの特質でもあるのだが…。

 まぁ、僕は気になるということで、つらつら頭の中を巡って、思った。これからはブログの中で「コピー学校」という明快なカテゴリを設けよう。これから書くメルマガの記事は、このカテゴリに投稿する。今までの記事もカテゴリを再分類。「広告論」や「WEB論」とは違うカテゴリにすれば、僕の頭のなかの気になるモヤモヤが解消する。

 ブログの良さは、このようにカテゴリを最初から決めなくても、あとからカテゴリ分類を再編集できること。モヤモヤをスッキリ解消できることですね(笑)。過去の記事にも適用されることでもあり、ブログ歴史の改ざんにもつながわるわけですが…。