街を捨てよ、田舎に出かけよう

生きる
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日本人は、戦後、高度成長期を経験して、いろいろサブカルチャーの洗礼を受け、バブル経済を経験し、それから、いまの時代まで着実に急降下してきた。右肩上がりの経済に見えると、みんなで喜びはしゃぎ、平行線もしくは実質下降している経済だと不安神経症になり、やがて鬱に至る。資本主義は、お金に翻弄される個人を量産してきた。集団としてのゴールがあるうちは、すごくパワフルな生き方ができるのだが、いったんそれを見失うと日本人はすごく弱いように思う。よく言われることだが、個人が成熟していないのだ。逆に言えば、ゴールがない時代だからこそ、個人が成長できる時代ではないのか。
私は、いま、旅について関心がある。特に、日本人と外国人と、旅の在り方が大きく異なっていることが興味深い。外国人といっても西洋人と東洋人とで差はあるけれど、彼らが日本を旅するのは、だいたい日本の文化や建物に関心があるから。いわゆる、観光という言葉は、外国人にとってはそのまま当てはまる。
最近の日本人は、どういう旅をしているのだろうか。神社仏閣、ご当地グルメ、登山やスキーといった目的の明確な旅はもちろんあるが、それ以外に、ただ、自然にふれたい、人に癒されたい、という旅。目的地を決めずに、成り行きで行き先を決める旅。これも世代によって、変わってはくるけれど、大きなところで強引にくくってしまうと、原点ふるさと回帰という流れがあるように思う。道を見失ったら、もとの場所に帰れというではないか。都会を抜け出して日本人の原風景がある田舎へ。そして、一時の旅になるか、移住になるか。そんな選択肢のもとに、旅が位置づけられつつある。都会がゴールという価値観は、崩れ去りつつある。職さえ見つかれば、都会にこだわる必要はない。むしろ田舎のほうが面白い人生が待っているという期待。旅の延長線上に移住があるなんて、高度成長期の日本人は思いつきもしなかっただろう。だが、リアルにそのような旅が存在する。
一度きりの人生、土地に縛られず、余裕があれば海外と日本と二拠点居住が理想だろう。余裕がなくても、都会から田舎に移住して、質素なミニマムな生活をすることは現実的な選択だ。老後は、年金プラス農業で食っていけるかもしれない。いずれにしろ、皆が安心できるゴールなんてないのだ。だから、他人の目を気にしちゃいけない。自分で価値をつくる時代なのかもしれないね。

 



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