ライター仕事、ひと段落

広告論
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コピーライターとして脳みそをぶんぶん唸らせる仕事がようやくひと段落しそうだ。

このブログを更新できず、ずいぶんと間が開いてしまったのも、文章量が多かったこの仕事のおかげだ。

こんなにまとまった文章量は、久しぶりかも知れない。

振り返ってみると、僕は、コピーライターとして広告業界のキャリアをスタートさせたけど、経験を積むにつれて、ライティングの仕事は徐々に減っていった。

30歳になると、ほぼディレクターとしての動きが多くなり…クライアントと打合せして、事務所に戻ってからデザイナーや若いコピーライターとミーティング。

その場のブレストでコンセプトはまとめるものの、実際のコピーはほかの人に書いてもらうことが多くなった。

もともと広告ビジュアルを考えるのも好きだったから、自分はディレクター向きかな、と思った。

それでも、ここ一番の仕事を、コピーライターとして依頼されたりすると、プロ意識が刺激され、徹夜でアイデアを考えたりして、それはそれで充実した気分を味わえた。

僕はディレクターなのか、コピーライターなのか。

少しだけ、悩んだ。方向性を決めるべきか、と。

でも、どちらも正解。

クライアントやスタッフの顔ぶれによって、使い分けすればいい。

そう開き直ってから、名刺を2種類持って、動くようになった。

1995年頃からは、これにWEBプロデューサという肩書きが加わった。

さらに映像にも手を出して、インタラクティブなCDやDVDをつくったりして、マルチメディアディレクターにも変身した。

ちょっと前の話、僕のことをマーケッターと呼ぶ人がいた。

そうか、時代はマーケッターを求めているのかと、こちらが逆に感心した。

自分がクライアントと向き合うスタンスは、若い頃からそれほど変化していない。

お客様にとって、どういう広告広報、販売促進がいちばん効果的なのか。

それを考えるのが、まずは僕らの仕事である。

メディアや手法は時代の変化に対応すればいい。単なる手段に過ぎないと思っている。

最近、この手段を目的と取り違えてしまう人が増えているように感じる。

本人はこの取り違いを自覚していないため、けっこう、ややこしい事態となる。

特にIT関連の動きは手段だけがひとり歩きして、大きな顔をしているものだから、みんな過大な期待をしてしまうのだ。

まぁ、いずれにしろ、僕は言葉を真ん中にして広告を考えている人。

ひと昔前に較べれば、コピーライターという職種がだんだん冷遇されつつあるけれど、その仕事内容はいつの時代でも、とっても重要だと思う。

はじめに言葉ありき。それから、戦略が生まれ、ビジュアルが生まれ、映像が生まれ、メディアが手段として選ばれるのだ。

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