人前で話すのが苦手だった

コピーライターとして駆け出しの頃は
カタログの文章を書き直すという
リライトの仕事が多かった
たまにポスターなんかの仕事が入ると、
スタッフとの打合せがある
営業職AEとデザイナー、場合によってはカメラマン、
いろいろな意見を交わすシーンで
僕の頭の中ではいろいろなアイデアが駆け巡っていた
けれど、なかなか、口に出して意見が言えない

誰かの意見に対して
僕は「あっ」と思うのだが
声にならない「僕もそう思っていた…」
そのまま胸の中にその言葉をしまう
打合せの席で意見を述べるのが
とっても難しく感じて暗い瞳のまま座っていた

若い頃、意見を言えなかったのは
その意見が間違っていたらどうしようとか
人から非難されたら恥ずかしいとか
そんな転ばぬ先の余計な考えを持っていたからだ
と、いまにして振り返れば、思う

間違えても、いいじゃん。
間違えたら、意見を修正すれば、いい。
人から非難されても、いいじゃん。
その場で謝れば、いい。

だいたい完璧な意見なんて存在しない。
打合せはいろいろな考えを確認するためのもの。
その中から、いいアイデアが練り上げられる
そんなあたりまえのことが、若い頃は
自意識過剰で気づかなかったりするんだよね。

ある意味「いいじゃん」と開き直ってからは
自分の考えを素直に表現できるようになった。
そうすると他人の意見も素直に聞けるようになった。

社内の打合せで話ができるようになると
そのうちプレゼンテーションもまかされるようになる
まったく会ったこともない人に向かって
自分たちの制作物をプレゼンする
最初は緊張のしまくりだった
話すことをすべてシナリオ化したこともある
でも話の筋を一度断ち切られると
余計に動揺してしまいむちゃくちゃになる
シナリオはないほうがいいと気づかされる
箇条書き程度のメモで十分だ

企画書を読み上げるような
官庁の役人のようなことは絶対しない
企画の「思い」を絞り込んで
それが伝わるように話す

僕たちはひとつの正解を求めているんじゃない。
いくつもの道を探して、その中から
思いを共有できる何本かの道を選ぶだけ。
スタッフと共有した思いがそのまま
クライアントの思いに重なればラッキー。
そうでなければ…
また、いちから道を探してやり直せばいい。

それだけ。

ビジネスだから
打率は求められるけど、
まず打席に立たなければ
ヒットも三振もできないわけで。

社内の打合せも
社外へのプレゼンも
自分には絶対無理と
思っていた僕だけど
それなりの場を踏むことで
なんとか、なるもんだ。

自分なんて、たいしたことない。
たいしたことない自分なんだから、
つまらない自尊心は捨てたほうがいい。

若い頃の自分に似ているなぁ
そんな青年に会ってそんなことを思いました

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